「ハッキヨイ!ノコッタ!」土俵上で力士たちの激闘を裁く行司の最高位、木村庄之助。2025年1月場所から第39代木村庄之助が誕生し、再び注目を集めています。横綱と同等の権威を持つとされる「相撲界の神」は、一体どれほどの収入を得ているのでしょうか。
きらびやかな装束に身を包み、短刀を帯びて土俵に上がる姿は威厳に満ちていますが、その懐事情は意外と知られていません。月給や手当、そして自腹を切る経費まで、行司の知られざるお財布事情を深掘りします。
- 推定年収:諸手当込みで約1,400万〜1,500万円
- 月額給与:基本給にあたる部分は40万〜50万円未満
- 最新情報:2025年1月より第39代が襲名(九重部屋)
- 特記事項:衣装代は数百万単位だが補助や寄贈もあり
木村庄之助の年収は推定1500万円!月給とのギャップを解明
大相撲の行司における頂点、木村庄之助の年収は、推定で1,400万円から1,500万円ほどと言われています。一般的なサラリーマンの生涯年収を考えると高額ですが、横綱の年収(数千万円〜億単位)と比較すると、意外に抑えられていると感じるかもしれません。
実は、日本相撲協会が公表している「立行司(木村庄之助・式守伊之助)」の月額給与規定は「40万円以上50万円未満」となっています。単純計算では年収600万円程度にしかなりませんが、ここには「本場所手当」や「装束補助費」などの特殊な手当が含まれていないため、実際の総支給額は大きく跳ね上がるのです。
基本給と手当の複雑な構成
行司の給与は、基本給にあたる「本給」に加えて、相撲界特有の多数の手当が上乗せされる仕組みです。特に大きいのが年6回開催される本場所ごとの手当で、立行司クラスになると相当な額が支給されます。さらに、地方巡業や花相撲(トーナメント等)への参加による日当や旅費も、年収を押し上げる重要な要素となっています。
また、長く務めることが前提の行司界では、勤続年数に応じた加算給も無視できません。木村庄之助になる人物は、ほぼ例外なく定年(65歳)間近のベテランであり、入門から50年近く勤め上げているため、勤続によるベースアップが最大化された状態で給与を受け取っています。
このように、公表されている月給はあくまで「基本レート」に過ぎず、実態は手当の積み上げによって1,000万円プレーヤーとなっているのです。これは相撲協会という組織が、伝統を守る技術職である行司を、一般企業の役員クラスとして遇している証拠とも言えるでしょう。
横綱や親方との年収比較
最高位である木村庄之助ですが、力士の最高位である横綱と比べると、その差は歴然としています。横綱の月給は約300万円、これに優勝賞金や懸賞金、CM出演料などが加わると、年収は軽く億を超えます。一方、木村庄之助はあくまで「協会の職員」という扱いであり、力士のような爆発的なインセンティブは発生しません。
親方(年寄)と比較しても、理事長クラスの役員報酬(年収2,000万円以上)には及びませんが、平の親方よりは高待遇であるケースが多いです。行司として土俵に立ち続ける限り、定年までは安定した高収入が保証されている点は、成績次第で給与が激減する力士とは異なるメリットと言えます。
ただし、行司には「差し違えたら切腹する」という覚悟を示すための短刀を帯びており、その精神的プレッシャーは計り知れません。1,500万円という額が、その重圧と責任に対して高いか安いかは、見る人によって意見が分かれるところでしょう。
2025年最新!39代木村庄之助の誕生
長らく「空位」が続いていた木村庄之助ですが、2024年に第38代が復活し、その後2025年1月場所からは第39代木村庄之助(元・式守伊之助、九重部屋)が襲名しました。この襲名は行司界にとって大きなニュースであり、伝統の継承が正常に行われていることを示しています。
39代木村庄之助も、前任者と同様に定年までの限られた期間を務めることになりますが、その間の年収は間違いなく行司界トップです。彼が結びの一番を裁く姿は、単なる審判以上の「動く伝統工芸」としての価値があり、その対価としての報酬が支払われているのです。
ちなみに、木村庄之助が不在の期間は、次位の式守伊之助が結びの一番を裁きますが、給与面ではあくまで「式守伊之助」としての待遇になります。庄之助を襲名することで、名実ともに最高位の待遇と権威を手に入れることができるのです。
意外な収入源?懸賞金の扱い
土俵上で懸賞旗が回る際、行司が場内アナウンスを行い、勝ち名乗りを上げた力士に懸賞金を手渡します。この懸賞金そのものは力士の取り分ですが、実は懸賞金1本(7万円)のうち、事務手数料などが引かれる過程で、行司側にも何らかの還元や手当が含まれていると噂されることがあります。
しかし、実際には懸賞金から行司個人への直接的なキックバックはありません。あくまで協会の運営費として処理され、行司の給与原資の一部になっていると考えるのが妥当です。行司が直接現金を手にするのは、あくまで給与と手当の振込時のみという、非常にクリーンなシステムで運用されています。
それでも、人気力士の取組を裁くことは行司にとっても名誉であり、テレビ中継で名前が呼ばれることは、自身の「格」を高めることにつながります。結果として、講演依頼や執筆活動など、土俵外での副収入につながる可能性は否定できません。
定年退職金と老後の生活
行司の定年は満65歳と定められており、木村庄之助まで昇りつめた人物も例外なくこの年齢で土俵を去ります。退職時には規定に基づいた退職金(養老金)が支払われますが、その額は数千万円クラスとも噂されています。
横綱の引退時のような「功労金」が派手に出るわけではありませんが、50年近く勤続した功績は大きく評価されます。また、定年後は嘱託として協会に残るケースは稀で、多くの場合は完全に引退し、悠々自適な生活を送るか、相撲解説者としてメディアに出ることもあります。
第38代木村庄之助も2024年9月に定年退職を迎えましたが、その引き際は潔いものでした。最高位まで務め上げたという事実は、退職後の人生においても大きな誇りと信用となり、金銭以上の価値をもたらしてくれるはずです。
行司の階級と給与システムを完全網羅
行司の世界は完全な年功序列と階級制で成り立っており、給与もその階級に厳密に連動しています。入門したての若手とトップの木村庄之助では、待遇に天と地ほどの差があります。ここでは、階級ごとの給与と役割の違いを詳しく解説します。
行司の階級は全部で8段階に分かれており、昇進には勤続年数や裁きの技術、勤務態度などが総合的に評価されます。力士のように「勝てば上がる」という単純なものではなく、空きポストが出るのを待つ必要もあるため、昇進は非常に狭き門となっています。
序ノ口〜幕下格:修業時代の給与
入門したての「序ノ口格」から「幕下格」までの行司は、給与面でも非常に厳しい扱いを受けます。序ノ口格の月給はわずか数万円程度からスタートし、幕下格になっても十数万円程度と言われています。これは一般企業の初任給を大きく下回る水準です。
この期間は、所属する相撲部屋で寝食を共にし、ちゃんこ番や掃除などの雑用もこなしながら行司の修行を積みます。衣食住が保証されているため生活はできますが、自由に使えるお金はほとんどありません。まさに「修行の身」であり、ここを耐え抜いた者だけが上の世界へ行けるのです。
装束も木綿製で、足元は裸足です。冬場の冷たい土俵でも裸自分で立ち続けなければならず、肉体的にも精神的にも過酷な時期と言えます。この段階での離職率も決して低くはありません。
十両格・幕内格:一人前の証明
「十両格」に昇進すると、ようやく月給が20万円台に乗り、一人前の行司として認められ始めます。装束も絹の使用が許され、足袋を履くことができるようになります。このクラスになると、土俵上でのアナウンス(場内放送)も担当するようになり、仕事の幅が広がります。
さらに「幕内格」になれば、月給は30万円前後となり、生活にも余裕が出てきます。紅白の房がついた軍配を持ち、帯刀は許されませんが、大相撲中継の早い時間帯でテレビに映る機会も増えます。ここから先は、裁きの正確さが厳しく問われるようになります。
十両格以上になると「有資格者」として扱われ、相撲協会からの待遇も大きく向上します。しかし、ここから三役格へ上がるには、実力だけでなく、先輩行司の引退によるポストの空きが必要となるため、長い停滞期を過ごす行司も少なくありません。
三役格・立行司:選ばれし者の待遇
「三役格」に昇進すると、月給は40万円近くになり、草履を履くことが許されます。そして最高位の「立行司(式守伊之助・木村庄之助)」になると、月給は40万〜50万円、さらに短刀を帯び、印籠を下げるという特別な装束が許されます。
立行司は、給与だけでなく、移動の際の待遇も別格です。新幹線はグリーン車、飛行機は上級クラスが用意され、付き人(若手行司)が身の回りの世話をしてくれます。これは単なる贅沢ではなく、最高の状態で結びの一番を裁くための環境整備という意味合いが強いです。
また、立行司になると「相撲字」の達人としても重宝され、番付表の書き手などを務めることもあります。これらの付帯業務も、行司としての評価と地位を支える重要な要素となっています。
知られざる行司の懐事情:支出と副収入
年収1,500万円と聞くと裕福に見えますが、行司には特有の出費も多く存在します。特に「見た目」に関わる部分は自費や後援会からの支援で賄う必要があり、手元に残るお金は数字ほど多くないという声もあります。華やかな舞台裏の収支バランスを見てみましょう。
また、行司は土俵の裁き以外にも多くの業務を抱えており、それらが給与に含まれているのか、あるいは別手当なのかも気になるところです。見えない部分での働きと、それに伴うお金の動きに迫ります。
数百万円?高額な装束代の秘密
行司が身につけている美しい装束(直垂)は、実は非常に高価なものです。特に三役格以上や立行司が着用するものは、京都の西陣織などで特注され、一着で数百万円することも珍しくありません。これらは基本的に、行司個人への「寄贈」という形が取られます。
地元の後援会やタニマチ(支援者)が、昇進祝いとして装束を贈ることが慣例となっていますが、メンテナンスや小物類(軍配、印籠、草履)などは自己負担の場合もあります。また、季節ごとに夏用・冬用を揃える必要があり、管理コストも馬鹿になりません。
協会からは「装束補助費」が支給されますが、最高級の装束を維持するには全く足りないと言われています。立行司としての品格を保つためには、強力なスポンサーの存在が不可欠であり、人脈作りも行司の重要な仕事の一つと言えるでしょう。
地方巡業と旅費のリアル
本場所がない期間、相撲一行は全国を回る地方巡業を行います。行司ももちろん同行しますが、この際の旅費や宿泊費は協会から支給されます。また、巡業手当も日当として支払われるため、巡業が多い年は年収が増える傾向にあります。
しかし、巡業中は移動の連続であり、体力的にはかなりハードです。立行司であっても、長時間のバス移動や慣れない土地での業務は負担となります。支給される日当は、こうした激務への対価としては決して高すぎるものではありません。
また、巡業先での食事や付き合いなどで出費がかさむこともあります。若手行司の面倒を見る立場になれば、食事を奢る機会も増えるため、財布の紐は常に緩めておく必要があるのです。
土俵以外の業務はタダ働き?
行司の仕事は土俵上の裁きだけではありません。番付表の作成、決まり手の場内アナウンス、勝負結果の記録、さらには土俵祭りの進行役など、業務は多岐にわたります。部屋に所属している場合は、部屋のマネージャー的な役割を果たすこともあります。
これらの業務に対して、個別に手当がつくものと、基本給に含まれているものがあります。例えば番付書きは高度な技術を要するため、専門の担当者には手当が出るとされています。しかし、部屋での雑務などは基本的に「部屋の運営」の一環とみなされ、無給であることも多いです。
木村庄之助クラスになると、こうした実務からは離れますが、代わりに協会の顔としての対外的な公務が増えます。これらは名誉職的な側面が強く、直接的な収入増にはつながらないことが多いですが、行司としての権威を維持するためには欠かせない活動です。
木村庄之助になるための厳しい道のり
年収1,500万円の木村庄之助を目指すには、どのようなルートを通ればよいのでしょうか。実は、行司の世界は力士以上に「狭き門」であり、定員や年齢制限など、厳しいルールが存在します。誰でもなれるわけではない、選ばれし者の世界です。
ここでは、行司になるための条件と、そこから最高位まで上り詰めるためのプロセスを解説します。実力だけでなく、運や健康、そして政治力も必要とされる、過酷な出世レースの実態とは。
なり方と定員45名の壁
行司になるには、義務教育を修了した満19歳までの男子で、相撲部屋に所属し、協会の審査に合格する必要があります。しかし、最大の問題は「定員」です。行司の定員は45名と決まっており、欠員が出ない限り、新しい行司を採用することはありません。
そのため、行司になりたいと思っても、空きがなければ何年も待つことになります。運良く入れたとしても、そこから木村庄之助になれるのは、45名の中でたった1人だけ。確率で言えば約2%、しかも50年近く勤め上げた後の話です。
この極めて低い確率を勝ち抜くためには、若いうちからの入門が絶対条件です。多くの立行司は中学卒業と同時に入門しており、人生のほぼ全てを相撲界に捧げています。大卒で入門しようとしても、年齢制限や序列の壁により、最高位に到達するのは事実上不可能です。
問われる裁きと「差し違え」の責任
木村庄之助になるためには、長年の勤務だけでなく、正確な裁き(判定)が求められます。行司の評価を下げる最大の要因は「差し違え(判定ミス)」です。立行司が差し違えをした場合、進退伺(辞表)を協会に提出するのが慣例となっています。
実際に辞任することは稀ですが、出場停止などの処分が下されることはあります。こうしたミスが続けば、昇進が見送られたり、木村庄之助になれないまま定年を迎える可能性もあります。一瞬の判断ミスが、50年のキャリアに泥を塗ることになるのです。
また、大きな声が出るか、姿勢が良いか、土俵上の所作が美しいかなども厳しくチェックされます。木村庄之助は相撲界の顔であるため、品格に欠ける人物が就くことは許されません。技術と人格、その両方が極めて高いレベルで求められます。
定年制と「空位」の事情
木村庄之助は、定年退職によってのみその座を降ります。後任が決まっていない場合、あるいは後任候補(式守伊之助)の昇進基準が満たされていない場合は、木村庄之助が「空位」になることがあります。実際、37代から38代の間には9年もの空白期間がありました。
これは、行司の最高位を安易に埋めないという協会の姿勢の表れでもあります。「木村庄之助」という名はそれほど重いものであり、ふさわしい人物が現れるまでは空席にしておく方が良いという考え方です。
2025年に39代が誕生したことは、行司界にとって喜ばしいことですが、彼もまた数年で定年を迎えます。次世代の行司たちが順調に育ち、この伝統ある名跡を絶やさずに継承していけるかどうかが、今後の相撲界の課題と言えるでしょう。
まとめ:伝統の重みと年収のバランス
木村庄之助の年収推定1,500万円は、一般社会の感覚からすれば高給ですが、50年近い下積みと「切腹覚悟」の重圧を考えれば、決して高すぎる額ではありません。月給40万円台という基本給に、数々の手当と歴史の重みが加算された結果の数字です。
- 年収構造:基本給は抑えめ、場所手当や勤続給で1,000万円超えを実現
- 39代誕生:2025年、新たな木村庄之助が伝統を継承中
- 支出面:装束代や付き合いなど、見えない出費も多い
- 目指す道:定員45名、定年65歳という厳しい生存競争
次に大相撲中継を見る際は、土俵上の勝負だけでなく、軍配を握る木村庄之助の所作や装束にも注目してみてください。その一挙手一投足に、半世紀にわたる修練と、相撲界最高位のプライドが詰まっていることを感じられるはずです。


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