大相撲中継を見ていると、土俵の下でじっと出番を待つ力士の姿が映し出されます。厳しい表情で取組を見つめる彼らは、一体どのようなルールのもとでそこに座っているのでしょうか。
実は、あの場所は単なる「待機スペース」ではありません。勝負の行方を左右する重要な役割や、厳格な作法が存在する神聖な領域なのです。本記事では、土俵下の待機場所に関する名称やルール、知られざる力士の役割について詳しく解説します。
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 名称 | 控え(ひかえ)/溜(たまり) |
| 座る人 | 出番を2番後に控えた力士、勝負審判など |
| 主な役割 | 精神統一、力水をつける、物言い |
土俵下の待機場所「控え」とは?基本的な決まりと座るタイミング
大相撲において、土俵下の待機場所は正式には「控え(ひかえ)」と呼ばれます。場所としては「溜席(たまりせき)」の一部に設けられており、一般の観客が座る「砂かぶり」の最前列付近に位置しています。ここでは、誰がいつ座るのかという基本的なルールについて解説します。
出番の2番前から座るのが原則
力士が「控え」に入るタイミングは、原則として自分の取組の「2番前」と決まっています。花道を通って土俵下に入場し、一礼してから所定の座布団に座ります。これは、前の取組が早く終わってしまったり、アクシデントが起きたりした場合でも、スムーズに進行できるようにするためです。まだ前の力士が相撲を取っている最中に、次の次の力士が静かに入ってくる姿を見たことがあるでしょう。
東西の「溜(たまり)」にある指定席
「控え」の場所は、土俵の東側と西側にそれぞれ設けられています。自分の部屋や出身地によって決まるわけではなく、その日の番付上の「東方」「西方」に従って座る場所が変わります。赤房下(東)と白房下(西)の土俵溜まりに、力士専用の座布団が置かれており、そこが彼らの定位置となります。審判委員(勝負審判)もこのエリアに座り、鋭い眼光で勝負を見守っています。
「勝ち残り」と「負け残り」のルール
控えには、これから相撲を取る力士だけでなく、取組を終えた直後の力士が座っていることもあります。これを「勝ち残り」と呼び、自分の側の次の力士に力水(ちからみず)をつけるために残ります。もし前の取組で勝ったのが相手側の力士だった場合、負けた力士が土俵下に残らなければなりません。これを「負け残り」と言いますが、負け残りの力士は力水をつけることができず、ただ次の力士が来るまで待機することになります。
付き人が座ることは許されない
この神聖な「控え」の座布団に座れるのは、原則として取組を行う力士本人だけです。関取の身の回りの世話をする付き人が、代わりに座って場所取りをすることは許されません。ただし、十両以上の関取が座る場合と、幕下以下の力士が座る場合では、使用する座布団の質が異なるという序列の厳しさも存在します。
座布団の種類の違い
テレビ中継でよく見ると、関取(十両以上)が座る座布団はふっくらとした厚みのあるものですが、幕下以下の力士が座る座布団は薄いものであることに気づくでしょう。これは大相撲の厳格な階級社会を表しています。関取用の座布団は「控え座布団」と呼ばれ、部屋や後援会から贈られた色鮮やかなものが使われることもありますが、基本的には協会が用意したものを使用します。
ただ待つだけではない!控え力士が担う3つの重大な役割
「控え」に座っている力士は、単に自分の出番を待っているだけではありません。相撲競技の円滑な進行と、公平な勝負を支えるための重要な役割を担っています。ここでは、控え力士が果たしている3つの大きな務めについて掘り下げていきます。
1. 次の力士に「力水」をつける
最も重要な役割の一つが、これから土俵に上がる力士に「力水(ちからみず)」をつけることです。力水は、土俵に上がる前に口を漱ぎ、心身を清めるための儀式です。原則として、前の取組で勝った力士(勝ち残り)がこの役目を務めますが、もし前の勝者が相手側だった場合は、控えに座っている「次の取組の力士」が力水をつけることになります。この連携プレーは、土俵進行の美しさの一部でもあります。
2. 勝負判定への「物言い」をつける権利
意外と知られていないのが、控え力士には「物言い」をつける権利があるということです。行司の軍配(判定)に疑問がある場合、通常は勝負審判が手を挙げて異議を申し立てますが、実は控え力士も手を挙げて異議を唱えることが認められています。ただし、実際に協議(審議)に参加することはできず、判定の決定権もありません。あくまで「異議あり」の意思表示をする権利に限られます。
3. 精神統一と戦況の分析
物理的な役割以外に、自身のメンタルを整えるという重要な時間でもあります。土俵のすぐそばで、張り詰めた空気や土の匂い、ぶつかり合う音を直接感じることで、戦闘モードへとスイッチを切り替えます。また、その日の土俵の滑り具合や、相手の力士の様子などを至近距離で観察し、直前の情報収集を行う場としても機能しています。
土俵下での厳格なマナーと禁止事項
神聖な土俵の直下である「控え」では、力士の振る舞いに対して厳しいマナーが求められます。観客の視線も集まる場所であるため、品格を損なう行為は厳禁です。ここでは、控え力士が守るべき具体的なルールや禁止事項について解説します。
あぐら(安座)の姿勢を崩さない
控えに座っている間、力士は基本的にあぐら(安座)の姿勢を保ちます。足を投げ出したり、膝を立てて座ったりすることは、行儀が悪いだけでなく、土俵から転落してきた力士との接触事故につながる恐れがあるため危険です。背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いて静かに待つのが正しい作法とされています。
私語や不要な動きは厳禁
隣に座る力士と会話をしたり、きょろきょろと周りを見渡したりすることは許されません。集中力を高める場であるとともに、神事としての側面も強いため、静寂を保つことが求められます。また、汗を拭う際も、用意されたタオルで手短に済ませ、見苦しい動作にならないよう配慮が必要です。
装飾品や危険物の持ち込み禁止
力士は土俵に上がる際、まわし一つで戦うことが原則です。そのため、控えに入る時点ですでに、指輪、ネックレス、時計などの貴金属類はすべて外していなければなりません。これらが身についていると、対戦相手を傷つける凶器になり得るからです。包帯やサポーターは認められていますが、硬質の留め具などがついていないか厳しくチェックされます。
勝負審判と「溜席」の特殊な環境
控えがある「溜席(たまりせき)」は、別名「砂かぶり」とも呼ばれ、相撲観戦において最も特殊で緊張感のあるエリアです。ここでは力士だけでなく、勝負審判や観客も含めた独特の環境について解説します。
勝負審判(審判委員)の配置と役割
土俵下には、黒の紋付袴姿(場所によっては夏用など変化あり)の勝負審判が5名座っています。彼らは日本相撲協会の親方衆であり、行司の判定が正しいかどうかを四方から監視しています。正面に審判長が座り、時計係などの役割も分担されています。控え力士は、これら審判団の視線も感じながら、緊張の中で出番を待つのです。
「砂かぶり」は危険と隣り合わせ
溜席は土俵の高さよりも低い位置にあるため、150キロを超える巨体が勢い余って飛び込んでくることが日常茶飯事です。そのため、このエリアに座る観客には「飲食禁止」「携帯電話の使用禁止」「カメラ撮影の制限」など、厳しいルールが課されています。控え力士にとっても、自分の身を守りつつ、審判や観客に配慮しなければならない難しい場所なのです。
力士と観客の距離感
これほどアスリートと観客の距離が近いプロスポーツは珍しいでしょう。控え力士の荒い息遣いや、びん付け油の甘い香り、出番直前に肌を叩く音などが、溜席の観客にはダイレクトに伝わります。しかし、観客が力士に触れたり話しかけたりすることは厳禁です。この「近くて遠い」独特の距離感が、土俵下の緊張感をさらに高めています。
【まとめ】土俵下のドラマにも注目しよう
大相撲における「土俵下の待機場所(控え)」は、単なる待合室ではなく、神聖な儀式の一部であり、戦いの準備を整える最前線です。力士たちは厳しいルールの下、2番前の取組からすでに戦いを始めています。
次に相撲中継や本場所を見る際は、土俵上の熱戦だけでなく、土俵下で静かに闘志を燃やす控え力士の姿にも注目してみてください。彼らの所作や視線、そして力水をつける一連の流れを知ることで、大相撲の奥深さをより一層楽しめるはずです。まずは次の取組で、誰がどのように座り、どのような表情で出番を待っているかを確認してみましょう。


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