大相撲の親方衆には、現役時代の番付と同じように厳格な「階級」が存在することをご存知でしょうか。その入り口となるのが「平年寄」であり、ここから協会の運営を支える長いセカンドキャリアが始まります。
しかし、ニュースでよく耳にする「参与」との違いや、元横綱がいきなり好待遇で迎えられる仕組みなど、その実態は意外と知られていません。この階級制度を理解することで、土俵の外で繰り広げられるもう一つの出世レースが見えてくるはずです。
- 平年寄(年寄)は親方階級のスタート地点
- 定年後の再雇用職「参与」とは明確に区別される
- 借株の親方は昇進が止まるという厳しい現実がある
平年寄とは何か?相撲協会の階級システムと位置づけ
一般的に「平年寄(ひらとしより)」と呼ばれる役職は、日本相撲協会の正式な職階においては「年寄」と表記されます。これは協会の寄附行為(規則)で定められた階級の中で、最も下に位置するランクを指す言葉です。
相撲協会の階級は上から「理事長・理事・副理事・役員待遇委員・委員・主任・年寄」というピラミッド構造になっています。新しく親方になった元力士の多くは、まずこの「年寄(平年寄)」から指導者としてのキャリアをスタートさせるのです。
平年寄の定義と組織図におけるランク
平年寄は、相撲協会の正規職員としての親方の中で最も低い地位にあり、一般企業の平社員に相当します。組織図の上では「主任」の下に位置し、協会運営の意思決定に関わる権限はほとんど持っていません。
この階級にいる期間は、親方としての業務を覚え、協会の雑務を率先してこなす修業期間とも言えます。通常は勤続年数や実績に応じて「主任」「委員」へと昇進していきますが、そのスピードは人によって異なります。
特に「借株(他人の年寄名跡を一時的に借りている状態)」の親方は、規定によりこの平年寄の階級に留め置かれます。正規の名跡を取得しない限り、どれだけ長く務めても昇進できないという厳しい現実が存在するのです。
気になる給料や年収の目安
平年寄の給料は、相撲協会の規定により月額報酬が定められており、推定で月収70万円から80万円程度と言われています。これに加えて、本場所ごとの手当や賞与が支給されるため、年収ベースでは1000万円前後に達すると見られます。
現役時代に幕内上位で活躍していた力士からすれば、収入が激減するように感じるケースもあるかもしれません。しかし、安定した雇用と協会からの手厚い福利厚生が保証されており、定年まで長く働ける点は大きな魅力です。
上位の階級である委員や役員になると月収はさらに跳ね上がり、理事クラスでは月収140万円以上になります。平年寄はあくまでスタート地点であり、将来的な昇給を目指して親方業に邁進することになるのです。
仕事内容と本場所中の役割
平年寄の主な仕事は、本場所の運営を支える裏方業務全般であり、その内容は多岐にわたります。テレビ中継で見かける勝負審判を務めることは少なく、会場警備やチケットの切符切り(もぎり)などが中心です。
また、地方巡業においては先発隊として現地へ赴き、会場設営や宿泊の手配などを行うこともあります。華やかな土俵の裏側で、汗を流して協会運営を支えているのが、この階級の親方たちなのです。
部屋の中では「部屋付き親方」として、師匠(部屋持ち親方)を補佐し、弟子の指導にあたります。自身の部屋を持てるのは原則としてこの上のランクからとなるため、まずは指導者としての経験を積むことが優先されます。
昇進の仕組みと必要な条件
平年寄から上の階級へ昇進するには、勤続年数や勤務態度、そして協会への貢献度が評価される必要があります。基本的には年功序列の傾向が強いものの、近年では実務能力や不祥事の有無も厳しくチェックされるようになりました。
通常、平年寄を数年務めると「主任」へ、さらに実績を積めば「委員」へと昇格していきます。しかし、先述した通り借株のままでは昇進の対象外となるため、正規の年寄名跡を取得することが出世の絶対条件です。
また、不祥事を起こした親方が降格処分を受ける際、委員から平年寄へと一気にランクダウンすることもあります。一度降格すると再昇進には長い時間を要するため、親方としての品格を保つことも重要です。
「年寄」と「平年寄」の呼び方の違い
公式文書や協会の辞令では単に「年寄」と記載されますが、会話や報道では区別するために「平年寄」という通称が使われます。これは江戸時代から続く慣習的な呼び方であり、役職名としての「年寄」と混同しないための知恵です。
相撲界では「親方」という敬称が一般的ですが、内部的な序列を示す際には「平年寄」という言葉が明確な意味を持ちます。ファンとしてもこの違いを知っておくと、人事ニュースを見た際の理解度が格段に深まるでしょう。
ちなみに、相撲協会の正会員としての「年寄」は親方全員を指す言葉でもあります。文脈によって「階級としての年寄(平年寄)」なのか「親方全体(年寄衆)」なのかを判断する必要があるため、少し注意が必要です。
定年後の「参与」と平年寄は全く別物
ニュースなどで「参与」という役職を聞くことがありますが、これは平年寄とは全く異なる制度に基づいています。参与とは、65歳の定年を迎えた親方が、希望して再雇用された場合に就く特別なポストのことです。
再雇用制度を利用すれば最大70歳まで協会に残ることができますが、現役時代の階級に関わらず立場は大きく変わります。ここでは、混同されやすい参与と平年寄の違いについて、待遇や規定の面から詳しく解説します。
定年退職と再雇用制度のルール
相撲協会の親方の定年は満65歳と定められており、誕生日の前日をもって正規職員としての身分を失います。しかし、本人が希望し理事会で承認されれば、最長で満70歳まで「参与」として再雇用される道が開かれています。
この制度は、ベテラン親方の知識や経験を後進に伝えることを目的として導入されました。ただし、全員が無条件でなれるわけではなく、健康状態や現役親方時代の勤務実績などが審査の対象となります。
また、再雇用期間中はあくまで「嘱託職員」のような扱いとなり、正規の階級システムからは外れます。そのため、理事選挙への立候補権や投票権を失うなど、権限は大幅に縮小されることになります。
参与の給料と待遇の現実
参与として再雇用された場合の給料は、現役時代の最高位(理事や委員長など)に関係なく、一律で減額されるのが通例です。一般的には「主任」クラスと同程度の給与水準になると言われており、現役理事だった人からすれば大幅ダウンです。
業務内容も現役時代とは異なり、場所中の指導普及部での相談業務や、博物館の館長業務などが中心となります。現場の第一線からは一歩退き、ご意見番として協会をサポートする立場になるのです。
部屋持ち親方が参与になる場合は、定年と同時に部屋を後継者に譲り、部屋付きの親方として残ることになります。師匠としての権限はなくなりますが、大御所として弟子の精神的な支柱であり続けるケースが多いです。
現役時代の階級はリセットされる
どれほど偉大な実績を残した元横綱であっても、65歳を超えて参与になれば、かつての階級はリセットされます。組織図の上では平年寄よりも上の扱いを受けることが多いですが、実質的な権力は後輩の現役親方たちに移譲されています。
これは組織の新陳代謝を促すために必要な仕組みであり、老害化を防ぐための措置とも言えます。かつては定年後も隠然たる力を持つ長老がいましたが、現在の制度では権限の線引きが明確化されています。
ただし、元理事長などの功労者は「相談役」という別の名誉職に就くこともあります。参与はあくまで雇用契約に基づく実務職であり、名誉職とは異なる役割を担っている点を理解しておきましょう。
元横綱や大関は平年寄からスタートしない?
新米親方は平年寄からスタートするのが原則ですが、元横綱や元大関といった功労者には特例が存在します。彼らは引退直後から飛び級で「委員」などの上位階級を与えられることが多く、平年寄を経験しないケースが大半です。
これは現役時代に相撲界へ多大な貢献をしたことへの報酬であり、指導者としても即戦力として期待されている証です。しかし、この特例制度には細かい条件や期間の定めがあり、誰でも優遇されるわけではありません。
実績による「委員待遇」の特例
元横綱が引退して親方になる場合、最初から「委員」または「委員待遇」として採用されるのが慣例となっています。これは平年寄の二階級上のポストであり、給与面でも権限面でも最初から優遇された状態です。
元大関の場合も、実績に応じて「委員待遇」や「主任」からスタートすることが一般的です。彼らは現役時代に看板力士として協会を支えてきたため、引退後もその威厳を保てるような配慮がなされています。
一方、関脇以下の力士は原則通り平年寄からのスタートとなります。たとえ幕内優勝経験があっても、最高位が関脇であれば平年寄から地道にキャリアを積まなければならないのが、番付社会の厳しさです。
引退後も現役名のまま残れる期間
通常、親方になるには「年寄名跡(年寄株)」が必要ですが、横綱と大関には猶予期間が設けられています。横綱は引退後5年間、大関は3年間、現役名のままで「◯◯親方」として協会に残ることができます。
この期間中に正式な年寄名跡を取得すればよいという猶予措置ですが、この間の身分もしっかり保証されています。例えば「横綱・白鵬」は引退後、間垣株を取得するまで「親方・白鵬」として委員待遇で活動していました。
この制度のおかげで、人気力士は引退後すぐに指導に専念でき、名跡取得の交渉を焦る必要がなくなります。しかし、期限内に名跡を取得できなければ退職を余儀なくされるため、水面下では激しい株の争奪戦が行われます。
借株の場合は元大関でも平年寄
ここで注意が必要なのは、元大関であっても自分の名跡を持てず「借株」となった場合は、平年寄に降格する可能性がある点です。特例期間が終了し、他人の株を借りて親方を続ける場合、規定上は平年寄の扱いになります。
かつての名大関が、借株であるがゆえに番付表の最下段に名前を連ねる姿は、ファンにとって物悲しいものです。しかし、これは「年寄名跡の所有」を絶対視する相撲協会の根幹ルールであり、例外は認められにくいのが現状です。
逆に言えば、平幕力士であっても正規に株を取得していれば、着実に昇進していくことができます。相撲界における「年寄名跡」がいかに強力なパスポートであるかが、この階級制度からもよく分かります。
親方の日常業務と平年寄の役割
相撲中継を見ているだけでは伝わりにくいですが、親方衆の仕事は土俵の指導だけではありません。特に平年寄などの若手親方は、協会運営の実動部隊として、我々が想像する以上に多忙な日々を送っています。
本場所が始まれば朝早くから会場入りし、お客様の案内から警備まで、あらゆる雑務をこなします。ここでは、そんな平年寄たちが担っている具体的な業務内容と、知られざる苦労について掘り下げてみましょう。
警備とチケットもぎりの最前線
本場所中、入場口でチケットを切っている親方の姿を見たことがある人も多いでしょう。これは「もぎり」と呼ばれる重要な業務で、主に平年寄や若手の親方が交代制で担当しており、ファンサービスの一環でもあります。
また、花道や通路に立って観客の整理を行う「警備」も、若手親方の主要な任務の一つです。力士が通る際の安全確保や、興奮した観客の制止など、肉体的にも精神的にもタフさが求められるポジションです。
これらの業務は、お客様と直接触れ合う貴重な機会であると同時に、協会の顔としての振る舞いが試される場です。現役時代は付き人がやってくれていたようなことも、親方になれば全て自分で、あるいは率先して行う必要があります。
地方巡業での過酷なスケジュール
本場所がない期間に行われる地方巡業では、平年寄たちが運営の中心となって汗を流します。先発隊として現地に乗り込み、土俵の設営監督や宿舎の割り振り、移動バスの手配など、旅行代理店のような業務もこなします。
巡業中は早朝の稽古から始まり、移動、夜の宴席まで、息つく暇もないほどの過密スケジュールです。若手親方は力士たちの体調管理にも気を配りつつ、上司である巡業部長やベテラン親方のサポートも完璧に行わなければなりません。
こうした下積み経験を通じて、親方たちは興行の仕組みや組織運営のノウハウを学んでいきます。将来、理事や幹部になった時に全体を見渡す能力は、この平年寄時代の地道な業務によって培われるのです。
部屋付き親方としての指導と葛藤
所属する部屋においては、師匠の方針に従いながら弟子の指導にあたるのが日常です。自分より番付が上だった弟子の指導に悩んだり、師匠と指導方針が合わずに葛藤したりすることも、若手親方にはよくある話です。
特に平年寄のうちは、まだ現役気分が抜けきらないこともあり、指導者としての立ち位置を確立するのに苦労します。まわしをつけて胸を出すこともあれば、ちゃんこの買い出しを手伝うこともあり、何でも屋としての側面もあります。
しかし、弟子の成長を一番近くで見守れるのは、この時期ならではの喜びでもあります。関取が誕生した時の喜びや、断髪式での涙は、厳しい親方業を続けるための最大のモチベーションとなっているはずです。
まとめ:平年寄を知れば相撲がもっと深くなる
平年寄は相撲協会の階級における最下位に位置しますが、未来の協会を担う重要な育成期間でもあります。給料や待遇は上位役職と差がありますが、現場の最前線で汗をかく彼らの存在なしに、本場所の運営は成り立ちません。
また、参与との違いや借株問題など、階級制度の裏側には大相撲の伝統と現実が複雑に絡み合っています。華やかな土俵上の取組だけでなく、花道の奥で警備に立つ親方の姿にも注目してみると、新たな発見があるでしょう。
- 平年寄は「年寄」という正規の階級であり、参与とは異なる
- 元横綱や大関は優遇されるが、借株なら平年寄になることもある
- 地味な裏方業務こそが、親方としての出世への第一歩である
次に相撲中継や本場所観戦をする際は、ぜひ親方たちの働きぶりや階級にも思いを馳せてみてください。大相撲という巨大な組織を支える人間ドラマを理解することで、観戦の楽しみがより一層深まること間違いありません。


コメント