相撲界の最高位である横綱は、常に「強さ」と「品格」を求められる神聖な存在です。しかし長い歴史の中には、怪我やトラブルによって思うような成績を残せず、「弱い」というレッテルを貼られてしまった横綱も存在します。
この記事では、過去のデータや具体的なエピソードに基づき、不名誉な記録を持つ横綱たちをランキング形式で検証し、その背景にある事情を紐解いていきます。
- 優勝回数ゼロで廃業した唯一の横綱
- 在位場所数が極端に少ない短命横綱
- 横綱昇進後の勝率が著しく低い力士
弱い横綱ランキングで名前が挙がる力士とは?不名誉な記録を解析
歴代横綱の中で、数字上の記録やファンの印象において「弱い」と語られることが多い力士たちには、共通して抱える事情や決定的な汚点が存在しています。ここでは具体的なデータと史実に基づき、特に話題に上がる5名の横綱について、なぜそのような評価を受けてしまったのかを詳しく解説していきましょう。
第1位:双羽黒(優勝経験なしでの廃業)
歴代横綱の中で唯一「優勝経験がないまま」横綱になり、そして一度も優勝することなく廃業したのが第60代横綱の双羽黒です。身長2メートル近い恵まれた体格と素質を持ちながら、精神的な未熟さが災いし、親方とのトラブルから現役を退くことになりました。
彼の強さは本物でしたが、土俵上での実績という意味では、最高位の責任を果たせなかった代表例として名前が挙がります。特に優勝決定戦まで進みながら敗退するなど、ここ一番での勝負弱さも批判の対象となり、記録よりも記憶に残る「未完の横綱」として語り継がれています。
第2位:前田山(在位6場所の短命と不祥事)
第39代横綱の前田山は、横綱在位がわずか6場所という短命に終わった力士であり、その土俵人生は波乱に満ちていました。本場所を休場している最中に野球観戦をしていたことが新聞で報じられ、「シールズ事件」として世間から大バッシングを受けたことはあまりにも有名です。
横綱としての出場回数自体が少なく、満足に土俵を務められないまま引退に追い込まれた経緯は、強さ以前に「横綱の自覚」を問われる事態となりました。この事件は、後の横綱審議委員会の厳格化にも影響を与えたと言われており、不名誉な歴史の一部となっています。
第3位:大乃国(横綱初の皆勤負け越し)
第62代横綱の大乃国は、「スイーツ親方」として現在は親しまれていますが、現役時代には横綱として史上初めて「15日間皆勤しての負け越し」という屈辱的な記録を作ってしまいました。横綱は成績不振ならば休場や引退を選ぶのが通例であったため、この記録は衝撃を与えました。
しかし、裏を返せば怪我や不調でも休まず土俵に上がり続けた証でもあり、その姿勢を評価する声も少なくありません。ガチンコ相撲を貫いた結果としての負け越しであるとも言われていますが、記録上は「負け越した横綱」としてのレッテルが強く残ることになりました。
第4位:稀勢の里(期待と怪我に泣いた短命)
第72代横綱の稀勢の里は、19年ぶりの日本出身横綱として絶大な期待を背負いましたが、怪我の影響で横綱在位中の成績は苦しいものとなりました。特に横綱としての連敗記録ワースト(不戦敗含む)を更新してしまった時期は、世間からの風当たりも非常に強いものでした。
昇進直後の場所で大怪我を負いながら逆転優勝を果たした瞬間は伝説ですが、その後の長期休場と不振が「弱い」という印象を増幅させました。実力は誰もが認めるところでしたが、万全な状態で土俵に上がれる機会が少なすぎたことが、結果的に低い評価に繋がっています。
第5位:三重ノ海(在位8場所での引退)
第57代横綱の三重ノ海は、昇進年齢が遅く、横綱として土俵に上がった期間が非常に短かったことから、存在感を示しきれずに引退しました。在位8場所というのは歴代でもかなり短い部類に入り、全盛期を過ぎてからの昇進だったことが大きく影響しています。
ただし、彼は引退後に武蔵川親方として多くの弟子を育て上げ、相撲協会の理事長も務めるなど、指導者としての能力は極めて高い人物でした。現役時代の「横綱としての強さ」という一点においては、全盛期の短さゆえにランキングに入ってしまうことが多い力士です。
横綱が弱いと言われてしまう3つの明確な理由と背景事情
「弱い横綱」という評価が生まれる背景には、単なる勝敗の数だけでなく、昇進のプロセスや現代相撲特有の事情が複雑に絡み合っています。ここでは、なぜ期待されて昇進したはずの横綱が、結果として批判される対象になってしまうのか、その構造的な理由を3つの視点から掘り下げてみましょう。
昇進基準の「甘さ」とタイミングの悪さ
横綱への昇進基準は「2場所連続優勝またはそれに準ずる成績」とされていますが、その解釈は時期によって厳格さが異なります。力士不足や興行的な話題作りが必要な時期には、基準ギリギリの成績でも「期待値」込みで昇進が決まることがあり、これが実力不足の横綱を生む温床となります。
実力が完全に開花する前に最高位に押し上げられた力士は、横綱という地位の重圧に耐えきれず、結果として成績を落とすケースが後を絶ちません。昇進こそがゴールではなく、そこから勝ち続ける力が求められる過酷な環境に、適応できないまま土俵を去ることになるのです。
怪我による長期休場と復帰後の試合勘欠如
近年の相撲は大型化が進み、力士の身体にかかる負担は過去とは比較にならないほど増大しています。そのため、横綱に昇進する頃には身体がボロボロになっている力士も多く、昇進直後から怪我による長期休場を余儀なくされるケースが増加しています。
長期休場明けの横綱は試合勘が鈍っており、格下相手に取りこぼす場面が目立つようになります。これが「横綱なのに弱い」という印象を決定づけ、休場と不振の悪循環に陥ることで、引退へのカウントダウンが早まってしまうのが現代の傾向です。
品格問題と土俵外でのトラブルによる評価下落
横綱は「心技体」のすべてが充実していることが求められますが、土俵外でのトラブルは力士の評価を一瞬にして地に落とします。暴行事件や不適切な発言、生活態度の乱れなどが報じられると、たとえ土俵上で勝っていたとしても「横綱の器ではない」と批判されます。
精神的な動揺は相撲の内容にも如実に表れ、批判を浴びながらの土俵では本来の力を発揮することが難しくなります。メンタル面での脆さが露呈することで、対戦相手からも侮られるようになり、結果的に勝率も低下していくという負の連鎖が発生するのです。
弱い横綱でも給与は満額?意外と知らない力士のお金事情
相撲ファンにとって納得がいかないことの一つに、成績不振や休場中の横綱に対する給与の問題があります。ここでは、一般社会の常識とは少し異なる角界のお金事情について、具体的な数字を交えながら解説し、なぜ批判が起きやすいのかを明らかにします。
横綱の月給と高額なボーナスの仕組み
横綱の月給は約300万円とされており、これは幕内力士の中でも突出して高い金額です。さらに、本場所ごとの手当や報奨金、懸賞金などを合わせると、年収は軽く数千万円から1億円近くに達することもあります。この高待遇は、最高位としての責任とリスクに対する対価です。
しかし、この高額な報酬が保証されているからこそ、ファンは「それに見合う強さ」を厳しく要求します。初戦敗退や格下相手への金星配給が続くと、「給料泥棒」といった厳しい言葉が飛び交うのは、この金額の大きさへの羨望と期待の裏返しでもあるのです。
休場中でも給料が満額支払われる理由
驚くべきことに、横綱は怪我や不調で全休したとしても、基本給は減額されることなく満額支払われます。これは力士が個人事業主ではなく、相撲協会から給与を受け取る組織の一員であり、公傷制度などが廃止された現在でも生活を保障するための措置です。
何場所も連続で休場し、一度も土俵に上がっていないにもかかわらず、毎月300万円が振り込まれる現状には批判の声も根強くあります。しかし、横綱は降格がない代わりに「引退」しか道がないため、再起をかけた治療期間としての給与保障という意味合いが含まれています。
引退後の退職金と功労金の莫大さ
横綱を務めて引退した場合、その退職金や功労金は一般的なサラリーマンの生涯年収を超える規模になることがあります。具体的な金額は非公表ですが、実績や在位期間に応じて数千万円から億単位の功労金が支払われるのが通例となっています。
たとえ「弱い」と言われた横綱であっても、最高位に上り詰めたという事実は変わりなく、その功績は金銭的に報われます。このシステムがあるため、限界まで現役にしがみつくことなく、潔く身を引くことができるという側面も持っているのです。
近年の横綱事情から見る「短命化」の傾向と対策
昭和の大横綱たちが何年も王座を守り続けた時代とは異なり、平成後半から令和にかけては横綱の短命化や不在期間が目立つようになっています。このセクションでは、現代相撲が抱える構造的な問題と、なぜ強い横綱が長く君臨し続けることが難しくなっているのかを分析します。
ガチンコ相撲の増加と身体的負担の限界
かつての相撲界に存在したと言われる「阿吽の呼吸」が消え、現在は全ての取組が激しいぶつかり合いのガチンコ勝負となっています。平均体重も増加し、立ち合いの衝撃は交通事故並みとも言われる中で、年間90番を戦い抜くことは身体的な限界を超えています。
毎場所のように優勝争いを義務付けられる横綱にとって、手加減なしの全力士からの挑戦を受け続けることは、怪我のリスクと常に隣り合わせです。身体のケア技術は進歩していますが、それ以上に肉体へのダメージが蓄積するスピードが速まっているのが現状です。
プレッシャーによる精神的摩耗の加速
SNSの普及により、力士に対する称賛だけでなく、誹謗中傷もダイレクトに届く時代になりました。横綱に対する批判は特に厳しく、少しの負け越しや休場で引退勧告に近い世論が形成されるため、精神的な休まる暇がありません。
メンタルヘルスの維持が難しくなり、肉体的にはまだ戦えても、心が折れてしまって引退を選ぶケースも見受けられます。孤独な地位と言われる横綱ですが、現代の情報社会がその孤独と重圧をより一層深め、寿命を縮める要因の一つとなっています。
協会が求める横綱像の変化と育成難易度
相撲協会や横綱審議委員会は、強さだけでなく「品格」をより厳格に求めるようになっています。しかし、若手力士の育成環境が変化し、ハングリー精神だけで強くなれる時代ではなくなった今、心技体を兼ね備えた絶対的な素材を見つけることは困難です。
無理に横綱を作ろうとすれば実力不足のまま昇進することになり、結果として短命に終わるというジレンマを抱えています。絶対王者が不在の群雄割拠の時代は面白い反面、長く角界を背負う柱が現れにくいという課題も浮き彫りにしています。
歴史に学ぶ「名横綱」と「不運な横綱」の違いとは
歴史に名を残す大横綱と、不運にも弱いと評されてしまった横綱の違いは、実力差だけではありません。そこには時代の巡り合わせやライバルの存在、そしてファンとの関係性など、数字には表れない要素が大きく関わっています。最後にその決定的な違いについて考察します。
双葉山や大鵬との数字的比較の意味
「弱い」とされる横綱も、幕内力士全体から見れば間違いなくトップクラスの実力者です。しかし、比較対象が69連勝の双葉山や優勝32回の大鵬といった神格化された存在であるため、どうしても見劣りしてしまいます。
歴史的な名横綱たちは、実力はもちろんのこと、心身の充実期にライバル不在の時期が重なるなどの「運」も持っていました。一方、怪我や強力なライバルの台頭に阻まれた力士は、数字を残せず不当に低い評価を受けることがあります。比較対象のレベルが高すぎることが、評価を厳しくしている一因です。
時代の巡り合わせとライバル関係の影響
北の湖に対する輪島、千代の富士に対する隆の里のように、強力なライバルの存在は横綱を強くします。しかし、あまりにも実力が拮抗したライバルが多すぎると星の潰し合いになり、突出した成績を残すことが難しくなります。
逆に、周囲の実力が落ちている時期に昇進した横綱は、相対的に勝ちやすくなりますが、その後に若手の突き上げを食らうと脆さを露呈します。どの時代に、誰と戦ったかという環境要因が、後世の「強い・弱い」の評価を大きく左右しているのです。
ファンが求める強さの定義と記憶
最終的にファンが横綱に求めているのは、数字上の勝率だけではなく「負けない雰囲気」や「逆転の美学」です。稀勢の里のように成績は振るわなくても、怪我を押して出場する姿に多くの人が感動し、記憶に残る横綱として愛されるケースもあります。
「弱い」と記録されることと、ファンに愛されないことはイコールではありません。不名誉な記録もまた、その横綱が人間臭く土俵に懸けた証であり、相撲の歴史を彩る重要な1ページとして語り継がれていくべきものでしょう。
まとめ:弱い横綱の裏にある人間ドラマを知ろう
「弱い横綱」というランキングや評価は、あくまで結果として残った数字や出来事の一側面に過ぎません。彼らが最高位である横綱にまで上り詰めた努力と才能は紛れもない事実であり、その背後には怪我との闘いやプレッシャーという過酷な現実が存在しています。
給与事情や昇進の背景を知ることで、単なる批判ではなく、相撲界が抱える構造的な課題や力士個人の苦悩が見えてきます。次に大相撲を観戦する際は、勝敗だけでなく、土俵に上がるまでの背景にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
きっと今までとは違った深みのある相撲観戦が楽しめるはずです。現在の横綱たちがどのような歴史を刻んでいくのか、温かく、時に厳しく見守っていきましょう。


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