大相撲の千秋楽を見ていると、結びの3番が始まる直前に独特の空気が流れることに気づくはずです。これは「これより三役」と呼ばれる特別な儀式であり、15日間の戦いを締めくくる重要な演出となっています。
普段の取組とは明らかに異なる進行や、土俵上に多くの力士が上がる光景に疑問を持つ方も多いでしょう。ここでは、この伝統ある儀式の意味や見どころについて、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
- これより三役の基本的な定義と歴史
- 勝者に与えられる特別な3つの賞品
- 千秋楽だけの儀式「揃い踏み」の作法
これより三役の基礎知識と特別な儀式
大相撲の千秋楽において、最後の3番だけが持つ特別な重みと演出を感じたことはあるでしょうか。この「これより三役」と呼ばれる時間帯は、単なる取組以上の神聖な意味と歴史的背景を持っています。
呼び出しが土俵を箒で清め、行司が独特の声を張り上げる瞬間、館内の緊張感は最高潮に達するのです。まずは、この言葉の本来の意味と、現在行われている儀式の基本的な流れについて解説していきます。
言葉の由来と本来の意味
「これより三役」という言葉は、かつて結びの3番に登場する力士が実際に三役以上の地位にあったことに由来しています。江戸時代の相撲興行では、番付の上位者が必ず最後に登場するという厳格なルールが存在していました。
現代では番付上の三役(小結以上)である必要はなく、平幕力士が登場することも珍しくありません。それでもこの名称が使われ続けているのは、最高峰の戦いであるという敬意と伝統を重んじているからなのです。
形式上の名称と実態が異なっていても、千秋楽の最後を飾るにふさわしい実力者が選ばれることに変わりはありません。この言葉がアナウンスされること自体が、今場所のクライマックスを告げる合図となっているのです。
呼び出しによる土俵の清め
結びの3番が始まる前、呼び出しが土俵上の砂を箒(ほうき)で丁寧に掃き清める姿が見られます。これは単なる掃除ではなく、最後の聖戦に向けて舞台を整えるという宗教的な意味合いも含まれているのです。
通常、取組の合間にこれほど時間をかけて土俵を整備することはなく、この時間帯だけの特別な演出といえます。観客もこの静寂の時間を通じて、これから始まる激闘への期待を高めていくことができるでしょう。
箒の動き一つにも無駄がなく、美しい所作で土俵が整えられていく様は、日本の伝統美を感じさせる瞬間です。この清めの儀式が終わると、いよいよ東西の力士たちが土俵下に集結し始めます。
扇の形に広がる特別扇子
行司が「これより三役」と触れ込む際、手にした軍配ではなく特別な扇子を使用することがあるのをご存知でしょうか。これは古くからの習わしであり、儀式の格式を高めるための重要な小道具の一つとなっています。
行司が独特の抑揚をつけて声を上げると同時に、東西の溜席(たまりせき)付近の空気が一変します。この掛け声は、15日間続いた興行が無事に終了することへの祈りと感謝の意味も込められているのです。
テレビ中継では音声が大きく拾われるため、その独特な節回しに耳を傾けてみると良いでしょう。この瞬間こそが、大相撲という神事と興行が融合した文化の象徴的なシーンといえるかもしれません。
力水をつける手順の特例
通常、力士が土俵に上がる際の力水(ちからみず)は、直前の取組で勝った力士か、次に控える力士がつける決まりです。しかし、これより三役の場面では、次に控える力士たちが土俵下に待機しているため手順が異なります。
結びの3番に出場する力士たちは、それぞれの出番が来るまで土俵下の控え座布団に座って待機し続けます。そのため、土俵上の力士に対して、控えに入っている同部屋や同門の力士が水をつける光景が見られるのです。
特に結びの一番では、負けた力士が次の力士に水をつけることができないため、勝負の厳しさが際立ちます。この複雑ながらも理にかなった水つけの作法も、千秋楽ならではの見どころの一つといえるでしょう。
土俵入りとは異なる緊張感
通常の幕内土俵入りとは異なり、これより三役の登場シーンには華やかさの中にピリ々とした緊張感が漂います。化粧まわしではなく、締込み(締め込み)姿で並ぶ力士たちの肉体美が、より一層の迫力を生み出しているのです。
選ばれし6人の力士が土俵下に揃う光景は圧巻であり、それぞれの表情から今場所にかける意気込みが伝わってきます。優勝争いがこの3番にもつれ込んでいる場合などは、その重圧が観客席まで伝播するほどです。
彼らが花道から現れ、定位置につくまでの所作一つひとつに、トップアスリートとしての品格が漂っています。この独特の空気感こそが、大相撲千秋楽を現地で観戦する最大の醍醐味といえるかもしれません。
三役揃い踏みの作法と美学
これより三役の儀式の中で最も視覚的にインパクトがあるのが、東西の力士が土俵上に並ぶ「三役揃い踏み(そろいぶみ)」です。東方と西方からそれぞれ3名の力士が上がり、同時に四股(しこ)を踏む姿は圧巻の一言に尽きます。
この儀式は単なるパフォーマンスではなく、邪気を払い、五穀豊穣を願うという相撲本来の神事性を強く残しています。ここでは、揃い踏みの具体的な手順と、そこに込められた美学について深掘りしていきましょう。
東西同時ではなく片方ずつ
揃い踏みは東西の力士が同時に行うのではなく、まず東方の力士3人が土俵に上がり、その後に西方の3人が行います。最初に東の3力士が扇形に並び、中央の力士に合わせて左右の力士が四股を踏むのが決まりです。
このとき、中央に立つのは結びの一番(最後の取組)を務める最高位の力士であることが通例です。左右にはその前の2番を務める力士が並び、3人が息を合わせて動作を行うことが求められます。
東が終わって一度土俵を降りると、次は西方の3力士が同様の手順で土俵に上がり、四股を踏みます。この入れ替わりの様式美が、舞台転換のような効果を生み出し、観客の視線を釘付けにするのです。
四股の踏み方と柏手の特徴
揃い踏みでの四股は、通常の土俵入りや準備運動での四股とは異なり、拍手(柏手)を打つタイミングが独特です。中央の力士が手を叩く音を合図に、左右の力士が一斉に足を上げ、力強く土俵を踏みしめます。
この一糸乱れぬ動きを実現するためには、互いの呼吸を読み合う阿吽(あうん)の呼吸が必要不可欠です。少しでもタイミングがずれると美しさが損なわれるため、力士たちにとっても緊張の瞬間といえるでしょう。
四股を踏んだ後に手を広げる所作も、邪気を追い払い、清浄な空間を作るための重要な意味を持っています。この一連の動作が完了して初めて、千秋楽の最後の戦いが開始される準備が整うのです。
化粧まわしを外した姿の意味
通常の土俵入りでは豪華な化粧まわしを着用しますが、揃い踏みでは取組直前の「締め込み」姿で行われます。これは、儀式が終われば即座に戦いが始まるという、臨戦態勢であることを示しているのです。
飾り気のない肉体そのもので神前に立つことは、嘘偽りのない真剣勝負を誓うという意味も込められています。鍛え上げられた筋肉と流れる汗が、照明に照らされて美しく輝く瞬間でもあります。
装飾を削ぎ落としたからこそ際立つ力士の存在感は、相撲がスポーツであると同時に神事であることを再認識させます。この機能美と精神性の融合こそが、大相撲が長年愛され続けている理由の一つなのです。
勝者に贈られる3つの特別な賞品
これより三役の取組で勝利した力士には、懸賞金とは別に、日本古来の武器を模した特別な賞品が授与されます。これらは「矢」「弦(つる)」「弓」の3種類であり、それぞれが異なる意味と役割を持っています。
なぜこのような武具が賞品として選ばれているのか、その背景には武士道や神道の影響が色濃く残っています。ここでは、それぞれの賞品の詳細と、それらが授与される順番の決まりについて解説します。
1番目の勝者へ贈られる矢
これより三役の最初の取組(結びの2番前)で勝利した力士には、神聖な力が宿るとされる「矢」が贈られます。矢は古来より魔除けの道具として使われており、勝利者の今後の守護を祈る意味が込められています。
行司が勝ち名乗りを上げた後、呼び出しが恭しく矢を捧げ持ち、勝者に手渡すシーンが中継でも映し出されます。受け取った力士は、矢を大切に抱えるようにして土俵を降り、花道を引き上げていくのです。
この矢は実際の武器として使うものではなく、縁起物として部屋に飾られたり、支援者に贈られたりします。最初の勝者だけが得られるこの特権は、力士にとって大きな名誉となることでしょう。
2番目の勝者へ贈られる弦
続いて行われる2番目の取組(結びの1番前)の勝者には、弓に張るための「弦(つる)」が授与されます。弦は柔軟性と強靭さを兼ね備えたものであり、力士の強さと粘り強さを象徴するアイテムといえます。
矢と弓があっても、弦がなければ道具としての機能を果たさないように、この2番目の勝利も極めて重要です。地味に見えるかもしれませんが、物事を結びつける役割を持つ弦は、非常に縁起の良い授与品なのです。
一般の視聴者には「紐のようなもの」に見えるかもしれませんが、最高級の麻で作られた伝統工芸品でもあります。この弦を手にした力士は、次場所への決意を新たにしながら、誇らしげに勝ち名乗りを受けます。
結びの一番の勝者へ贈られる弓
そして千秋楽の最終戦、結びの一番で勝利した力士には、最も象徴的な「弓」が贈られることになっています。この弓こそが、全取組終了後に行われる「弓取り式」で使用される弓の起源とも深い関わりがあります。
弓は武威を示す道具であり、その場所を締めくくる最強の勝者にふさわしい最高位の賞品といえるでしょう。この弓を受け取ることは、その日の主役の一人として認められた証であり、格別の重みがあります。
ただし、実際に弓取り式を行う力士にこの弓が直接渡されるわけではなく、あくまで勝者への記念品です。結びの一番で勝つことの栄誉を、形として残すための素晴らしい伝統文化といえるでしょう。
対戦力士の選抜基準と例外
「これより三役」に出場する力士は、必ずしも番付の「三役」であるとは限らないことは前述した通りです。では、具体的にどのような基準でこの最後の3番が組まれているのか、その裏側を知ると観戦がより楽しくなります。
審判部は千秋楽の数日前に取組を編成しますが、そこには興行的な盛り上がりと公平性を保つための苦労があります。ここでは、選抜の優先順位や、休場者が出た場合の特例措置について詳しく見ていきましょう。
優勝争いの直接対決を優先
最も優先される基準は、その場所の優勝争いに直接関わっている力士同士の対戦を組むことです。もし平幕力士が優勝争いの先頭に立っていれば、番付に関係なくこれより三役に抜擢される可能性が高くなります。
千秋楽の結びで優勝が決まる展開は、興行として最も理想的であり、観客の期待に応えるマッチメイクとなります。そのため、時には横綱や大関の取組順を変更してでも、優勝決定に関わる一番を最後に持ってくるのです。
平幕力士がこの舞台に上がることは極めて緊張する経験ですが、同時に実力を世界に示す絶好のチャンスでもあります。番付の序列を超えたドラマが生まれる背景には、こうした柔軟な編成方針があるのです。
横綱と大関の登場義務
優勝争いとは別に、横綱や大関といった看板力士は、原則として千秋楽の後半に登場することが求められます。彼らは相撲協会の顔であり、最後まで土俵を締める責任と義務を負っているからです。
特に横綱が出場している場合、結びの一番は横綱の取組となることが慣例として定着しています。優勝の可能性がなくなっていたとしても、横綱の相撲で場所を締めることが、大相撲の格式を保つために必要なのです。
大関陣も同様に、これより三役の枠組みの中で上位力士と対戦することが基本線となります。上位陣が総崩れしていない限り、この時間帯は実力者同士のハイレベルな攻防が約束されているのです。
休場者が出た場合の調整
場所の終盤で上位力士に休場者が相次いだ場合、これより三役の構成メンバーが大きく変わることがあります。本来予定されていた対戦相手が不在となるため、急遽番付が下の力士が繰り上げで出場することになるのです。
このような緊急事態では、本来なら早い時間帯に取るはずの力士が、突然スポットライトを浴びることになります。準備不足や緊張から本来の力を出せないこともあれば、逆大金星を挙げることもあり、予測不能な展開を生みます。
審判部はギリギリまで調整を行いますが、不戦勝などが絡むと儀式の進行自体が難しくなることもあります。そうした不測の事態も含めて、千秋楽の土俵には魔物が住んでいると言われる所以かもしれません。
現地やテレビでの楽しみ方
これより三役の知識が深まったところで、実際に観戦する際に注目すべきポイントを整理しておきましょう。現地で生観戦する場合と、テレビ中継で楽しむ場合では、見るべき視点や味わえる臨場感が少し異なります。
しかし、どちらの環境であっても、この儀式が持つ特別な雰囲気を感じ取ることは十分に可能です。最後に、それぞれのシチュエーションに合わせた、より深い楽しみ方を提案します。
開始時間の目安と準備
これより三役が始まる時間は、通常17時30分頃を目安にしておくと良いでしょう。中入り後の取組進行状況によって多少前後しますが、この時間帯にはテレビの前に座っておくことを強くおすすめします。
現地観戦の場合は、この時間帯になるとトイレ休憩などで席を立つ人が減り、館内が静まり返り始めます。その空気の変化を肌で感じながら、呼び出しのアナウンスを待つ時間は、何物にも代えがたい贅沢なひとときです。
お茶の間で観戦する場合も、この時間になったら家事を中断し、画面に集中する準備を整えましょう。一瞬の儀式や所作を見逃さないよう、音量を少し上げて臨場感を高めるのも良い方法です。
カメラアングルと力士の表情
テレビ中継ならではの特権として、土俵下に控える力士の表情をアップで見られることが挙げられます。揃い踏みの前、緊張した面持ちで出番を待つ力士の目の動きや汗の粒まで鮮明に観察できます。
特に優勝がかかった力士の表情は、極限の集中状態にあり、見る者を圧倒する迫力があります。また、負け越している大関などがどのような表情で最後の土俵に向かうかなど、人間ドラマとしての側面にも注目してください。
現地では全体を見渡せる利点がありますが、テレビではこうした細部の心理描写を読み取ることができます。解説者のコメントと合わせて、力士の内面まで想像を巡らせると、取組の深みが一層増すはずです。
表彰式への繋がりを意識する
これより三役が終われば、すぐに優勝力士への表彰式や、内閣総理大臣杯の授与などが始まります。結びの一番の余韻に浸りながら、勝者がどのように称えられるかを見届けるまでが千秋楽の楽しみです。
もし結びの一番で優勝が決定した場合、座布団が舞う光景(現在は禁止されていますが)のような熱狂に包まれます。その高揚感を維持したまま表彰式へと移る流れは、15日間のドラマのエンディングとして完璧な構成です。
勝った力士だけでなく、負けた力士がどのように土俵を去るかにも、勝負の世界の厳しさが表れています。最後まで礼を尽くす力士たちの姿に、日本の国技としての誇りを感じ取ることができるでしょう。
まとめ
これより三役とは、大相撲千秋楽の最後を彩る伝統的な儀式であり、単なる取組の枠を超えた重要な意味を持っています。揃い踏みの美しさや、勝者に贈られる矢・弦・弓の存在を知ることで、観戦の楽しみは何倍にも広がります。
次回、千秋楽を観戦する際は、ぜひ17時30分頃からテレビの前で正座をして、その神聖な空気を感じてみてください。勝負の行方はもちろん、力士たちが継承してきた「型」の美しさに、きっと心を奪われるはずです。
まずは次回の場所、千秋楽の結び3番がどのような顔合わせになるか、今から予想を楽しんでみてはいかがでしょうか。


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