相撲界において「時津風」という名は、単なる年寄名跡以上の重みを持っています。昭和の大横綱である双葉山が興したこの部屋は、長い歴史の中で栄光と挫折の両方を極端な形で経験してきました。多くの好角家がこの名門の行方に注目し続けています。
相撲ファンであれば、時津風部屋が輩出した名力士たちの活躍に胸を躍らせた記憶があるでしょう。しかしその一方で、過去に起きた複数の不祥事によって、部屋の存続が危ぶまれた時期があったことも事実です。歴史を知ることは、現在の相撲界をより深く理解することにつながります。
| 代 | 親方名 | 現役時代の四股名 | 最高位 |
|---|---|---|---|
| 12代 | 双葉山 定次 | 双葉山 | 横綱 |
| 13代 | 鏡里 喜代治 | 鏡里 | 横綱 |
| 14代 | 豊山 勝男 | 豊山 | 大関 |
| 15代 | 双津竜 順一 | 双津竜 | 小結 |
| 16代 | 時津海 正博 | 時津海 | 前頭 |
| 17代 | 土佐豊 祐哉 | 土佐豊 | 前頭 |
この記事では、創設者である双葉山から現在の17代親方に至るまで、歴代の時津風親方の系譜を詳しく解説します。それぞれの時代に何が起き、どのように部屋が継承されてきたのか、その真実に迫ります。
激動の歴史を刻む時津風親方の歴代一覧と特徴
時津風部屋の歴史は、まさに昭和から令和にかけての相撲界の縮図とも言えるでしょう。絶対的な権威を誇った時代から、不祥事による混乱の時代、そして再生を期す現在まで、親方ごとの特色を知ることで部屋の輪郭がはっきりと見えてきます。ここでは各代の親方の事績と時代背景を振り返ります。
名門としてのプライドと、時代の変化への対応に苦慮した歴史が交錯しています。それぞれの親方がどのような方針で部屋を運営し、どのような結果を残したのかを時系列順に確認していきましょう。
12代時津風:相撲の神様「双葉山」の功績
12代時津風親方となった双葉山定次は、69連勝という不滅の記録を打ち立てた「相撲の神様」です。現役引退後の1941年に双葉山道場を設立し、これが現在の時津風部屋の源流となりました。彼の存在自体が相撲界の規範であり、弟子たちには技術だけでなく人間としての品格を厳しく求めたと言われています。
日本相撲協会の理事長としても手腕を振るい、現在の相撲界の近代化に大きく貢献しました。彼が築き上げた「相撲道」の精神は、時津風部屋の根幹として長く受け継がれるべきものでした。しかし、彼のあまりに偉大な存在感は、後の後継者たちにとって大きなプレッシャーともなったのです。
在任中に多くの弟子を育成し、名門の礎を盤石なものにしました。1968年に現職のまま死去しましたが、その精神は今なお「双葉山の部屋」として語り継がれています。彼が目指した理想の相撲部屋の姿は、現代においても模範とされています。
13代・14代:安定期を支えた鏡里と豊山
12代の急逝後、部屋を継承したのは横綱の鏡里でした。しかし、先代の遺族との確執や運営方針の違いなどから、短期間で部屋を離れることになります。その後、部屋の主軸となったのが14代時津風を襲名した元大関の豊山です。彼は東京大学への進学も期待されたインテリ大関として知られ、非常に論理的な指導を行いました。
14代親方の時代は、時津風部屋にとって安定した黄金期の一つと言えます。彼は後に日本相撲協会の理事長も務め、組織のトップとして相撲界全体を牽引しました。厳格さと知性を兼ね備えた運営により、部屋からは多くの関取が誕生し、名門としての地位を不動のものにしました。
この時代、部屋には常に活気があり、稽古の厳しさは角界でも有名でした。伝統を守りつつも組織的な運営体制を整えた功績は大きく、現在の相撲部屋運営の基礎となる部分を構築したと言えるでしょう。しかし、その後の世代交代において、徐々に綻びが生じ始めていたのかもしれません。
15代時津風:名門を揺るがせた不祥事と退任
2002年に部屋を継承したのは、元小結の双津竜でした。彼が15代時津風親方となっていた時期は、部屋にとって最も暗い影が落ちた時代として記憶されています。2007年に発生した力士暴行死事件は、社会に大きな衝撃を与え、相撲界全体の体質が問われる事態となりました。
この事件により、15代親方は日本相撲協会を解雇されるという前代未聞の処分を受けました。名門部屋の看板は地に落ち、多くのファンが失望しました。指導の名を借りた暴力が常態化していた事実は、相撲界における旧態依然とした体質の象徴として批判されました。
さらにその後、野球賭博問題への関与も発覚するなど、この時期の時津風部屋はコンプライアンスの欠如が著しい状態でした。偉大な創設者が築いた名声を、どのように守り抜くかという点で大きな課題を残した時代と言えます。
16代時津風:再建の志とコロナ禍での躓き
崩壊の危機にあった部屋を救うべく、急遽現役を引退して16代時津風親方となったのが元前頭の時津海です。彼は事件後の混乱を収拾し、部屋のイメージ回復と力士の育成に尽力しました。彼のもとで正代が大関に昇進するなど、競技面では復活の兆しを見せていました。
しかし、2021年の新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下において、不要不急の外出や雀荘への出入りなどが発覚しました。協会作成のガイドラインに違反する行為は世間の厳しい批判を浴び、彼もまた退職勧告を受けて角界を去ることとなりました。
再建の道半ばでの不祥事は、ファンにとって「またか」という失望感を抱かせるものでした。指導者としての資質や倫理観が改めて問われることとなり、名門復活への道のりが決して平坦ではないことを印象付けました。
17代時津風:土佐豊が担う現在の名門再建
16代の退職を受け、2021年に部屋を継承したのが現在の17代時津風親方、元前頭の土佐豊です。現役時代は怪我に苦しみながらも粘り強い相撲でファンを魅了した彼は、間垣親方として部屋付き親方を務めていたところからの緊急登板となりました。
就任以来、彼は地に落ちた信頼を回復するために、コンプライアンスの徹底と風通しの良い部屋作りに取り組んでいます。若い感性を活かしつつ、伝統的な稽古の厳しさは維持するという難しい舵取りを迫られています。現役力士との対話を重視する姿勢が見られます。
現在、部屋には元大関の正代をはじめ、将来有望な若手力士が在籍しています。17代親方の手腕によって、時津風部屋が真の意味で「双葉山の精神」を取り戻せるかどうかが注目されています。まさに今、新たな歴史を刻んでいる最中です。
双葉山道場から始まる名門の栄光と伝統
時津風部屋の歴史を語る上で、創設者である双葉山の存在と、彼が築き上げた「双葉山道場」の理念を避けて通ることはできません。単なる勝敗だけでなく、心技体のすべてにおいて最高峰を目指すという高い志が、この部屋の原点にはありました。ここでは、その栄光の歴史を振り返ります。
なぜ時津風部屋が「名門」と呼ばれるのか、その理由は輩出した横綱や大関の数だけではありません。相撲界における精神的な支柱としての役割を果たしてきた背景には、確固たる哲学が存在していました。
「木鶏」の精神と相撲道の追求
双葉山が生涯を通じて追求したのが「木鶏」の境地です。これは、敵に対して全く動じない最強の闘鶏の様子を表した言葉で、精神的な未熟さを克服し、無心の状態で相撲を取ることを理想としました。この精神性は、時津風部屋の指導方針の根底に流れています。
道場設立当初から、力士たちには礼節や教養を身につけることが強く求められました。相撲が強いだけでは一人前の力士とは認められないという厳格な教えは、多くの名力士を育てる土壌となりました。この高潔な精神こそが、時津風ブランドの核心だったのです。
昭和の時代、時津風部屋の力士は土俵態度が立派であると称賛されることが多くありました。勝って驕らず、負けて腐らずという姿勢は、双葉山の薫陶を受けた弟子たちによって体現されていました。この伝統を現代にどう継承するかが課題となっています。
数多の名力士を輩出した育成システム
時津風部屋は、その歴史の中で常に幕内力士を輩出し続けてきました。鏡里をはじめ、豊山、北葉山といった大関陣、さらには蔵間や大潮といった個性豊かな実力者たちが土俵を沸かせました。彼らは皆、猛稽古によって鍛え上げられた強靭な足腰を持っていました。
特筆すべきは、大学相撲出身者と叩き上げの力士が融合し、切磋琢磨する環境があったことです。異なるバックグラウンドを持つ力士たちが互いに刺激し合うことで、部屋全体のレベルが底上げされてきました。この多様性を受け入れる土壌も、部屋の強みの一つでした。
現在も学生相撲出身の実力者が入門するケースが多く、即戦力として期待されています。伝統的な育成ノウハウと現代的なトレーニング理論を融合させ、再び優勝争いに絡む力士を量産することが期待されています。
角界における政治的な影響力
時津風部屋は、その実績と格式から、日本相撲協会内でも大きな発言力を持っていました。12代親方と14代親方が理事長を務めたことは、その象徴と言えるでしょう。相撲界のルール作りや組織運営において、時津風一門が果たす役割は極めて重要でした。
一門の総帥としての責任も重く、他の部屋への指導的立場も担ってきました。そのため、部屋の不祥事は単なる一部屋の問題にとどまらず、相撲界全体の信用問題に直結してしまうのです。名門ゆえの重圧は計り知れません。
現在も時津風一門は多くの部屋を抱える一大勢力です。17代親方には、部屋の再建だけでなく、一門の結束を固め、相撲界の発展に寄与するという大きな使命が課せられているのです。
繰り返された不祥事と処分の詳細な経緯
時津風部屋の歴史において、避けて通れないのが過去に発生した重大な不祥事です。これらは単なるスキャンダルではなく、人命に関わる事件や、社会的な規範を大きく逸脱した行為でした。検索ユーザーの多くが気にかける「負の歴史」について、事実に基づき解説します。
これらの出来事は、閉鎖的と言われる相撲界の体質を変えるきっかけにもなりました。何が起き、どのような処分が下されたのかを正確に知ることは、現在の改革の重要性を理解する上で不可欠です。
2007年の力士暴行死事件の衝撃
2007年6月、時津風部屋に入門したばかりの17歳の少年力士が、稽古中に暴行を受けて死亡するという痛ましい事件が発生しました。当初は「かわいがり」と呼ばれる激しい稽古による事故とされていましたが、後の捜査により、親方や兄弟子による集団暴行の事実が明るみに出ました。
この事件により、当時の15代親方は傷害致死容疑で逮捕され、日本相撲協会からは解雇処分を受けました。これは相撲界始まって以来の重い処分であり、社会に与えた衝撃は計り知れませんでした。伝統の名の下に行われていた暴力が、法によって裁かれた瞬間でした。
この事件を機に、相撲協会は「暴力決別宣言」を出し、稽古のあり方や指導方法の見直しを迫られました。時津風部屋にとっても、永遠に背負い続けなければならない十字架となり、二度とこのような悲劇を生まないための教訓となっています。
野球賭博問題と相撲界への波及
2010年、大相撲界を揺るがす野球賭博問題が発覚し、時津風部屋もその渦中にありました。当時の親方や所属力士が違法な賭博に関与していたことが明らかになり、再び世間の厳しい目に晒されることになりました。暴力事件からの信頼回復の最中での出来事でした。
この問題では、多くの力士が謹慎や休場を余儀なくされ、番付の降下や引退に追い込まれる者もいました。時津風部屋の力士も処分を受け、部屋全体の士気が著しく低下しました。コンプライアンス意識の欠如が改めて浮き彫りになったのです。
相撲という競技が神事であり、力士が社会の模範であるべきという期待を裏切る行為でした。この時期、スポンサーの撤退やNHKの中継中止など、相撲界全体が存亡の危機に立たされました。時津風部屋はその震源地の一つとなってしまったのです。
コロナ禍におけるガイドライン違反
記憶に新しいのが、2021年の新型コロナウイルス感染拡大防止期間中のガイドライン違反です。当時の16代親方が、不要不急の外出を禁じられていた期間に雀荘や風俗店に出入りしていたことが週刊誌の報道で発覚しました。社会全体が我慢を強いられている中での軽率な行動でした。
協会はこの行為を重く見て、16代親方に退職勧告を行いました。これを受け入れ親方は退職し、現在の17代体制へと移行することになります。弟子たちに規律を説くべき立場である師匠自らがルールを破ったことは、指導者としての適格性を欠くものでした。
この一連の不祥事により、「時津風部屋は規律が緩いのではないか」という疑念が世間に定着してしまいました。現体制はこの負のイメージを払拭するために、日常の生活態度から見直しを図るという地道な努力を続けています。
現時津風親方(土佐豊)の改革と指導方針
度重なる試練を経て、現在部屋を率いているのが17代時津風親方(元土佐豊)です。彼は若くして名門の看板と重い課題を背負うことになりましたが、その誠実な人柄と熱心な指導で徐々に信頼を取り戻しつつあります。現在の部屋の雰囲気と取り組みについて紹介します。
再建への道のりは容易ではありませんが、具体的な改革や力士との向き合い方には変化が見られます。新しい時代の時津風部屋がどのような方向を目指しているのか、そのビジョンに迫ります。
土佐豊の現役時代と親方としての資質
現親方である土佐豊は、現役時代から小柄ながらも気迫あふれる相撲で知られていました。怪我に泣かされ、一度は幕下以下まで番付を下げながらも、不屈の闘志で幕内まで這い上がった経験を持っています。この「諦めない心」は、現在の部屋の再建にも活かされています。
彼は引退後、間垣親方として後進の指導に当たっていました。現役力士との年齢も近く、兄貴分として相談に乗りやすい存在でした。突然の部屋継承となりましたが、力士たちの性格や悩みを熟知していたことが、スムーズな体制移行を可能にしました。
派手なパフォーマンスや言葉ではなく、日々の行動で範を示すタイプと言われています。相撲に対する真摯な姿勢は、先代たちの反省を踏まえ、規律と情熱のバランスが取れた新しいリーダー像を予感させます。
コンプライアンス遵守と環境整備
17代親方が最も力を入れているのが、コンプライアンスの徹底です。定期的に外部講師を招いての研修を行ったり、力士との個人面談の回数を増やしたりすることで、風通しの良い環境作りに努めています。隠し事をしない、させない関係性が重視されています。
また、生活面でのルールも明確化し、力士たちが社会人としての常識を身につけられるよう指導しています。相撲が強いだけでなく、社会から応援される力士を育てるという方針は、過去の教訓から導き出された必然的な答えと言えるでしょう。
SNSの利用など、現代ならではの問題についてもガイドラインを設け、リスク管理を徹底しています。閉鎖的になりがちな部屋の空気を入れ替え、開かれた相撲部屋を目指す姿勢が、徐々に外部からの評価を変えつつあります。
正代を中心とした現在の戦力と展望
現在の時津風部屋の大黒柱といえば、元大関の正代です。彼は17代親方とは日本農業大学の先輩後輩という間柄でもあり、師弟の絆は強いものがあります。正代の復権と、それに続く若手の台頭が部屋の再興には不可欠です。
部屋には他にも、将来性豊かな若手力士が育ちつつあります。先代からの「学生相撲出身者の積極的な採用」という方針は継続しつつも、叩き上げの力士もしっかりと育成する体制が整えられています。稽古場には活気が戻りつつあります。
ファンが待ち望んでいるのは、時津風部屋の力士が賜杯を抱く姿です。過去の汚名をそそぐには、土俵上での正々堂々とした勝利が一番の特効薬となります。17代親方と弟子たちの挑戦は、まだ始まったばかりです。
時津風部屋の基礎知識と見学情報
最後に、時津風部屋を応援したい、見学してみたいという方のために、基本的な情報をまとめます。相撲部屋は力士たちの生活の場でもあるため、見学や訪問には厳格なルールが存在します。最新の情報を確認し、マナーを守って応援しましょう。
部屋の所在地や施設の特徴、そしてファンとしてどのように部屋を支えることができるのか。ここでは、ファン活動に役立つ実用的な情報を提供します。
部屋の所在地と施設の特徴
時津風部屋は、東京都墨田区両国に位置しています。両国国技館からも近く、まさに相撲の聖地にある部屋の一つです。現在の建物は2020年に新築移転されたもので、最新の設備を備えた近代的な相撲部屋となっています。外観も洗練されており、一見して相撲部屋とは思えないモダンな造りです。
新築された部屋は、力士たちの居住環境の改善も考慮されています。プライバシーへの配慮や衛生管理の徹底など、現代の若者が生活しやすい環境が整えられています。これは新弟子確保の観点からも重要な要素となっています。
稽古場は1階にあり、通りからガラス越しに見ることができる構造になっている場合もありますが、基本的にはプライベートな空間です。建物の前には部屋の看板が掲げられており、場所中は力士たちの幟(のぼり)が立ち並び、相撲情緒を感じることができます。
稽古見学のルールと現状
相撲部屋の朝稽古見学は、ファンにとって最大の楽しみの一つですが、現在は新型コロナウイルスの影響や部屋の方針により、一般見学の可否は流動的です。時津風部屋においても、公式サイトや後援会を通じて最新の情報を確認する必要があります。飛び込みでの見学は原則としてできません。
見学が許可されている場合でも、私語厳禁、携帯電話の電源オフ、フラッシュ撮影禁止など、厳しいマナーが求められます。稽古は真剣勝負の場であり、力士たちの集中を妨げる行為は厳に慎まなければなりません。正座やあぐらで見学し、足を投げ出す行為もマナー違反です。
特に時津風部屋は過去の経緯もあり、外部からの視線に対して慎重な姿勢を取らざるを得ない側面があります。見学を希望する場合は、後援会に入会するか、部屋の関係者を通じて許可を得るのが一般的なルートとなります。
ファンとしての応援方法
時津風部屋を応援する最も確実な方法は、公式の後援会に入会することです。後援会に入ると、番付表が送られてきたり、パーティーへの参加案内が届いたりする特典があります。会費は部屋の運営や力士の食費などに充てられ、直接的な支援につながります。
また、本場所や巡業に足を運び、時津風部屋の力士に声援を送ることも大きな力になります。タオルやグッズを購入し、客席から掲げるだけでも力士にとっては励みになります。SNSでのポジティブな発信も、部屋のイメージアップに貢献するでしょう。
新生・時津風部屋は、ファンと共に歩む姿勢を大切にしています。過去を乗り越え、新しい歴史を作ろうとしている彼らを、温かい目で見守り、応援していくことが、相撲界全体の発展にもつながっていくはずです。
まとめ
時津風部屋の歴史は、栄光と苦難が入り混じった激動の物語でした。創設者・双葉山の高潔な精神から始まり、幾多の名力士を輩出しながらも、重大な不祥事によって存続の危機に瀕しました。しかし、現在は17代土佐豊親方のもと、信頼回復と名門復活に向けた懸命な努力が続けられています。
過去の過ちを消すことはできませんが、そこから何を学び、どう変わっていくかが重要です。コンプライアンスを徹底し、現代社会に適応した新しい部屋作りは着実に進んでいます。正代をはじめとする現役力士たちの活躍こそが、新生・時津風部屋の証明となるでしょう。私たちファンも、その変革の過程を見守り、次世代の横綱が誕生する瞬間を期待して待ちたいと思います。


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