大相撲の長い歴史の中で、天皇陛下が直々にご観戦される「天覧相撲」は、力士にとっても観客にとっても特別な一日となります。土俵上の空気が一変し、心地よい緊張感と祝賀ムードに包まれる国技館での一日は、一生の思い出に残る貴重な体験です。いつ行われるのか、どのような特別な演出があるのかを知ることで、大相撲観戦の奥深さをより一層味わうことができるでしょう。
- 天覧相撲の定義と過去の実施一覧
- 通常日とは異なる特別な演出や作法
- 天皇陛下が座られる貴賓席とチケット事情
天覧相撲の一覧と歴史的背景
天覧相撲とは、天皇陛下が大相撲を観戦されることを指し、相撲界において最高の栄誉とされる行事です。ここでは、令和に入ってからの最新実績から昭和の時代まで、その歴史と実施一覧を振り返ります。
開催頻度や日程には一定の傾向が見られるものの、社会情勢や皇室のスケジュールによって変動するため、その歴史を知ることは次回の開催を予測する手がかりにもなります。
令和の天覧相撲実績と最新動向
令和に入ってからの天覧相撲は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、開催間隔が空く時期がありました。直近では令和8年(2026年)1月場所の8日目(中日)に行われ、天皇皇后両陛下に加え、愛子内親王殿下もご一緒に関戦されたことが大きな話題となりました。それ以前は令和2年(2020年)1月場所の14日目に行われており、令和8年の開催は約6年ぶりとなる貴重な機会でした。特に愛子さまの和服姿でのご観戦は、館内の観客からも温かい拍手で迎えられ、新しい時代の天覧相撲を象徴する光景として記憶されています。
平成における天覧相撲の傾向
平成の時代、上皇陛下(当時の天皇陛下)は相撲への造詣が深く、在位中に数多くの天覧相撲が行われました。平成年間だけで20回以上実施されており、主に東京開催の本場所(1月、5月、9月)の中日や初日、千秋楽などが選ばれる傾向にありました。特に平成最後の天覧相撲となった平成31年1月場所では、ご覧になった取組の結果や力士の動きについて熱心に語られるお姿が印象的でした。この時代は比較的定期的に行われていたため、相撲ファンにとっても馴染み深い行事の一つとして定着していました。
昭和の天覧相撲と歴史的意義
昭和の天覧相撲は、戦前と戦後でその意味合いや形式が大きく変化しながらも、国技としての相撲の地位確立に大きく寄与しました。昭和天皇は相撲を非常に好まれており、昭和年間で50回以上もの観戦記録が残っています。特に有名なのは「昭和の大横綱」たちが繰り広げた熱戦で、天覧相撲の日には普段以上の名勝負が生まれるという伝説も数多く残されました。当時は蔵前国技館などで行われることもあり、現在の両国国技館とは異なる雰囲気の中で、歴史的な一番が数多く刻まれています。
「上覧相撲」や「台覧相撲」との違い
「天覧相撲」という言葉以外にも、皇族や高貴な方が観戦される場合の呼称がいくつか存在します。「台覧(たいらん)相撲」は、皇太子殿下などの皇族方が観戦される場合に使われる言葉で、天覧相撲に次ぐ格式があります。また、歴史を遡ると江戸時代には将軍に相撲を見せる「上覧(じょうらん)相撲」が行われており、これが現在の天覧相撲のルーツの一つとも言われています。それぞれの呼称には明確な区別があり、誰が観覧するかによって、会場の警備体制やお迎えの形式も変わってきます。
地方巡業における天覧相撲
基本的には東京の両国国技館で行われる本場所での観戦が一般的ですが、過去には地方巡業や国体などの機会に天覧相撲が行われた例もあります。これらは本場所のような公式戦とは異なり、天皇陛下のために特別に組まれた取組や、相撲の基本動作を披露する形式が取られることもありました。地方での開催は、普段大相撲に触れる機会の少ない地域の人々にとって、天皇陛下のお姿と相撲文化の両方に触れられる極めて特別な一日となっていました。
天覧相撲当日の特別な演出と流れ
天覧相撲の日は、通常の開催日とは明らかに異なる独特の緊張感と華やかな演出が国技館全体を包み込みます。ここでは、天皇陛下をお迎えする際の作法や、土俵上で行われる特別な儀式について解説します。
観客としてその場に居合わせた場合、普段とは違う進行や警備体制に驚くことも多いため、事前の予備知識として知っておくと当日の体験がより深いものになります。
お出迎えとお見送りの作法
天皇皇后両陛下が国技館に到着されると、館内にはアナウンスが流れ、観客は総立ちとなって拍手でお迎えします。両陛下が貴賓席に着席され、手を振って応えられる瞬間は、会場全体が一体となる感動的な場面です。帰り際にも同様に、全ての取組が終了した後、両陛下が退席されるまで観客はその場に残り、拍手でお見送りをします。この際、勝負の勝ち負けを超えた祝祭的な雰囲気が広がり、相撲という競技が持つ神事としての側面を強く感じることができます。
説明役の理事長と貴賓席の配置
天皇陛下が座られる「貴賓席」は、国技館の2階席正面の最前列中央に設けられており、土俵全体を俯瞰できる特等席です。この貴賓席のすぐ後ろには、日本相撲協会の理事長(現在は八角理事長など)が説明役として控えます。理事長は取組の合間に、決まり手や力士の特徴、相撲の歴史などについて陛下にご説明申し上げます。テレビ中継でも、陛下が熱心に質問され、理事長が丁寧に答える様子が映し出されることがあり、天覧相撲ならではの光景となっています。
結びの一番と弓取式の変化
全取組終了後に行われる「弓取式」も、天覧相撲の日には特別な空気を帯びます。担当する力士は、普段以上に気合の入った所作で弓を回し、四股を踏む際にも力強さが強調されることがあります。時には、陛下への敬意を表して通常よりも長く弓を回したり、より丁寧に儀式を行ったりすることもあります。また、結びの一番が終わった直後に両陛下が退席されるのではなく、弓取式までご覧になってから帰られることが通例となっており、最後まで厳粛な雰囲気が保たれます。
観戦チケットの入手難易度と席種
「天覧相撲の日に観戦したい」と願うファンは多いものの、そのチケットを入手することは極めて困難であり、運の要素も強く絡みます。ここでは、チケット購入の仕組みや、天覧相撲が行われる可能性が高い日程の傾向について解説します。
一般販売で狙って購入することは難しいですが、過去のデータや傾向を知ることで、その貴重な瞬間に立ち会える可能性をわずかながら高めることはできるかもしれません。
天覧相撲の日は事前にわかるか
警備上の理由から、天覧相撲の実施日は事前に大々的に公表されることはありません。多くの場合、数日前に報道で「調整中」と報じられるか、当日の朝になって正式に決定・報道されるパターンが一般的です。しかし、国技館の入口で手荷物検査が厳重に行われていたり、SP(セキュリティポリス)の数が明らかに多かったりすることで、来場者は「今日は天覧相撲かもしれない」と察知することになります。そのため、確実な事前予約は不可能に近く、偶然その日のチケットを持っていた人だけが味わえる幸運と言えます。
貴賓席周辺の席種と見え方
天皇陛下が座られる貴賓席は2階席の正面エリアにありますが、その周辺の席は一般の観客もチケットを購入していれば座ることができます。貴賓席の近くの席(イス席AやBなど)からは、土俵だけでなく、両陛下が観戦されるご様子も間近に拝見することができるため、非常に人気が高いエリアです。ただし、警備の関係で貴賓席の直近や動線にかかる一部の座席は販売が制限されることもあり、当日は自由な移動が規制される場合もあるため注意が必要です。
一般販売でのチケット購入戦略
天覧相撲を狙ってチケットを買うことは難しいですが、過去の傾向から予測を立てることは可能です。天覧相撲は東京場所(1月、5月、9月)の「初日」「中日(8日目)」「千秋楽」に設定されることが多い傾向にあります。特に令和8年の事例のように、中日に設定されるケースも見受けられます。したがって、東京場所のチケット発売時にこれらの日程の正面席を確保しておけば、天覧相撲に遭遇する確率は相対的に高くなります。もちろん確証はありませんが、人気日程であるため早めの確保が必須です。
天覧相撲で起きた名勝負とハプニング
天覧相撲の日は、力士たちの気迫が普段とは桁違いになり、歴史に残る名勝負や予期せぬドラマが生まれることがあります。ここでは、過去の天覧相撲で語り継がれているエピソードや、印象的な出来事を紹介します。
陛下の御前で相撲を取るということは、力士にとって最大の名誉であり、そのプレッシャーと高揚感が生み出す土俵上のドラマは、多くの相撲ファンを魅了し続けています。
昭和の大相撲と天覧試合
昭和の時代には、天覧相撲において数々の伝説的な一番が生まれました。大横綱・千代の富士が連勝記録を伸ばしていた時期の天覧相撲では、会場のボルテージが最高潮に達し、その圧倒的な強さを陛下の前で披露しました。また、昭和天皇は好角家として知られ、特定の力士の取組を楽しみにされていたという逸話も残っています。当時は座布団が舞うような熱狂的なシーンもありましたが、天覧相撲の日に限っては、観客も礼節を重んじ、激しい中にも節度ある応援が行われていました。
平成の名勝負と座布団の舞
平成に入っても、貴乃花や朝青龍、白鵬といった横綱たちが天覧相撲の土俵を沸かせました。特に横綱同士の対決や、優勝争いを左右する一番が天覧相撲と重なった時の盛り上がりは別格です。本来、天覧相撲の最中は座布団を投げる行為は厳禁とされていますが、あまりの熱戦と劇的な結末に、観客が興奮を抑えきれず座布団が舞ってしまったというハプニングも稀にありました。しかし、基本的には陛下の頭上を汚さないよう、観客全体で自制するマナーが浸透しています。
令和の記憶に残る一番
令和の天覧相撲でも、新しい時代のスター力士たちが名勝負を繰り広げています。令和8年1月の天覧相撲では、横綱や大関陣が総崩れとなる波乱の展開があり、予測不能な勝負の行方に両陛下も身を乗り出して観戦されていました。このように、上位陣であっても緊張からか本来の力を出せないことがあれば、逆にはつらつとした若手力士が金星を挙げることもあり、天覧相撲ならではの「魔物」が住んでいるとも言われます。その予測不可能な展開こそが、ライブ観戦の醍醐味でもあります。
皇室と相撲の深い関わり
相撲は単なるスポーツではなく、五穀豊穣を願う神事としての側面を持ち、古くから皇室と深い関わりを持ってきました。ここでは、天皇家の相撲に対する想いや、次世代の皇族方と相撲との関係について掘り下げます。
歴史を知ることで、なぜ天覧相撲がこれほどまでに重要視され、格式高い行事として現代まで継承されているのか、その理由が見えてきます。
天皇陛下と相撲への造詣
現在の天皇陛下も、上皇陛下と同様に相撲に対して深い関心をお持ちです。学習院時代からのご学友と相撲の話題で盛り上がられることもあり、力士の名前や成績だけでなく、技の名称や決まり手についても詳しくご存知です。観戦中には、手元の資料と土俵上の動きを照らし合わせながら、説明役の理事長に鋭い質問をされることもしばしばあります。その真摯な眼差しは、国技としての相撲を大切に守り、発展させていきたいという強い想いの表れと言えるでしょう。
愛子さまと相撲観戦の話題
敬宮愛子内親王殿下もまた、幼少期から大相撲ファンとして知られています。ご自身で力士の四股名や出身地を暗記されていたというエピソードは有名で、令和8年の天覧相撲にご同行された際も、楽しそうに観戦されるお姿が多くの国民の心を和ませました。愛子さまが観戦されることで、若い世代や女性ファンの間でも相撲への関心が新たに高まる効果があり、皇室と相撲界の絆が新しい形で未来へと繋がっていくことが期待されています。
皇族方の観戦スタイル
天皇陛下以外の皇族方が相撲を観戦される際も、常に品位と礼節が保たれています。秋篠宮皇嗣殿下や妃殿下も度々国技館を訪れられており、相撲界への公務としての支援を続けられています。皇族方の観戦スタイルは、単に勝負を楽しむだけでなく、力士たちの鍛錬の成果を称え、日本の伝統文化としての相撲を尊重する姿勢が貫かれています。その凛としたお姿は、土俵上の力士たちにとっても、観客にとっても、背筋が伸びるような良い緊張感を与えてくれるのです。
まとめ
天覧相撲は、大相撲の歴史と伝統が凝縮された、まさに特別な一日です。天皇陛下をお迎えするという格式の高さはもちろん、土俵上の熱気、観客席の一体感、そして厳重な警備に至るまで、通常の場所中にはない独特の空気に満ちています。令和に入ってからもその伝統は脈々と受け継がれており、愛子さまの観戦など新しい時代の息吹も感じられます。
もし、運良く天覧相撲の日に国技館を訪れることができれば、それは一生の自慢になることでしょう。事前に日程を知ることは難しいですが、東京場所の初日や中日、千秋楽を狙ってチケットを確保し、当日の館内の雰囲気を楽しみに待つのも一つの方法です。次回の観戦計画を立てる際は、ぜひこの「天覧相撲」の可能性も頭の片隅に置いて、チケット購入にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。


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