大相撲の土俵上で、力士たちと共に勝負を裁く行司。その中でも最高位に位置する「立行司」には、木村庄之助と式守伊之助という二つの名跡が存在することをご存知でしょうか。両者は単なる名前の違いだけでなく、明確な序列や役割、そして装束の細部に至るまで厳格な区別がなされています。
この記事では、相撲ファンでも意外と見落としがちな両者の「決定的な違い」を、歴史的背景や最新の情報を交えて詳しく解説します。房の色や履物の種類、さらには帯刀に込められた覚悟など、知れば知るほど大相撲観戦が味わい深くなる知識を持ち帰ってください。
- 最高位「木村庄之助」と次位「式守伊之助」の明確な序列
- 装束の「総紫」と「紫白」に見るビジュアルの違い
- 結びの一番を裁く権利と責任の所在
- 2025年に復活した立行司2人体制の最新事情
木村庄之助と式守伊之助の違いを基本から徹底比較
大相撲の行司界における頂点、それが立行司と呼ばれる木村庄之助と式守伊之助の二名です。両者の間には、横綱と大関のような明確な序列が存在し、その地位に基づいた厳格なルールの下で土俵務めを行っています。ここでは、観戦時に最も分かりやすい外見上の特徴や、それぞれの役割分担について、初心者の方にも分かりやすく基本的な違いを解説していきます。
まず決定的な違いとして挙げられるのが、行司の装束に付いている「房(ふさ)」と「菊綴(きくとじ)」の色です。これは階級を一目で判別するための重要な目印であり、最高位の木村庄之助のみが許される色と、それに次ぐ式守伊之助が身につける色には明確な差があります。この色の違いを知っているだけで、土俵上の行司が現在どのような地位にあるのかを瞬時に判断できるようになります。
最高位としての序列と役割の差
木村庄之助は行司の最高位であり、相撲界における「行司の横綱」に相当する絶対的な存在です。行司としてのすべての権限と責任を背負い、その地位は不動のものとして扱われます。一方の式守伊之助は「行司の大関」に位置づけられ、庄之助に次ぐナンバー2の地位ですが、庄之助が空位の場合にはその代行を務めることもあります。
この序列は土俵上での役割にも反映されており、一日の取組の最後を飾る「結びの一番」を裁くのは、原則として木村庄之助だけの特権です。式守伊之助はその一つ前、または二つ前の取組を担当し、結びの一番を裁く庄之助へとバトンを繋ぐ重要な役割を担います。このように、裁く取組の順番そのものが、両者の厳然たる階級差を表しているのです。
また、番付表における記載位置も異なっており、木村庄之助は行司欄の筆頭に、式守伊之助はその次に記載されるのが通例です。この順序が覆ることはなく、長年にわたる行司としての実績と信頼の積み重ねが、この序列を支えています。両者は協力して土俵の進行を守りつつも、その立場には明確な上下関係が存在しているのです。
装束に見る紫房と紫白房の決定的違い
行司の階級を視覚的に最も象徴しているのが、軍配や直垂(ひたたれ)に付随する房の色であり、ここにも両者の違いが表れています。木村庄之助の房の色は「総紫(そうむらさき)」と定められており、これは高貴さと最高位の権威を示す色として、他の行司には許されない特別な色です。全身を紫の威厳で包み込むその姿は、まさに土俵の守護神とも言える存在感を放っています。
対して式守伊之助の房の色は「紫白(むらさきしろ)」と呼ばれ、紫と白が交じった配色の房を使用します。これも立行司のみに許された高位の色ではありますが、総紫の庄之助と比較すると、やはり一段階下の序列であることが色使いからも読み取れます。白が混ざることで潔白さや清廉さを表現しつつ、紫の権威も兼ね備えているのが特徴です。
この房の色の違いは、土俵上の遠目からでも比較的判別しやすいため、現在の取組を裁いているのがどちらの立行司なのかを知る良い手がかりとなります。また、装束の胸や背中、袖にある「菊綴」と呼ばれる丸い飾り房も同様の色分けがなされており、細部に至るまで階級による厳密な規定が適用されているのです。
短刀を帯刀する意味と切腹覚悟の重み
立行司である木村庄之助と式守伊之助に共通する最大の特徴にして、三役格以下の行司との決定的な違いが「短刀」の帯刀です。彼らは左の腰に短刀を差して土俵に上がりますが、これには「もし軍配を差し違えた場合(判定を誤った場合)、切腹して責任を取る」という壮絶な覚悟が込められています。現代において実際に切腹することはありませんが、その精神性は今も脈々と受け継がれています。
この短刀は単なる装飾品ではなく、勝負を裁くことへの極限の緊張感と責任感を象徴するアイテムと言えます。判定に異議が唱えられる「物言い」がついた際、もし行司の軍配が誤りであると判定されれば、立行司は日本相撲協会に進退伺いを提出するのが慣例です。これは辞表に相当する重いものであり、最高位の行司にはひとつのミスも許されないという厳しい現実があります。
また、足元にも三役格以下とは異なる特徴があり、立行司は「上草履」と呼ばれる畳表の草履を履くことが許されています。三役格以下も草履は履けますが、立行司のものはより格式高い仕様となっており、足袋も白足袋を着用します。短刀と上草履、この二つの装備は、彼らが相撲界の法執行者として最高度の権威と責任を有していることの証左なのです。
結びの一番を裁くのはどちらの役目か
前述の通り、その日の大相撲を締めくくる「結びの一番」を裁く権利は、最高位である木村庄之助のみが有しています。横綱同士の対決や、優勝決定戦などの重要な局面において、土俵上の中央で軍配を握るのは常に庄之助です。彼の発する「はっけよい」の声が館内に響き渡るとき、その日のクライマックスが訪れたことを観客は知るのです。
一方、式守伊之助は結びの一番の「一つ前」または「二つ前」の取組を担当するのが基本ルールとなっています。これを「結び前(むすびまえ)」と呼び、横綱や大関が登場する好取組であることが多いですが、最終的な締めくくりは庄之助に譲ります。ただし、庄之助が病気や休場で不在の場合には、伊之助が結びの一番を代行することになり、その際は実質的な最高責任者として土俵に立ちます。
このように、担当する取組の順序は固定されていますが、これには「最高位の行司が最高の取組を裁く」という大相撲の伝統的な美学が反映されています。伊之助が結びを裁く姿が見られるのは、庄之助不在の緊急時か、あるいは伊之助自身が将来庄之助に昇格した後ということになります。この役割分担の厳格さこそが、立行司の権威を保つ基盤となっているのです。
事務方としての権限や責任範囲の比較
行司の仕事は土俵上の裁きだけにとどまらず、番付の作成や決まり手の決定など、相撲協会内の事務方としても多岐にわたる業務を担っています。木村庄之助は行司部屋の長として、すべての行司を統率する立場にあり、行司会議の招集や若手行司の指導方針の決定など、管理職としての最高権限を行使します。彼の判断は行司界全体の総意として扱われることが多いです。
式守伊之助もまた、庄之助を補佐しながら行司組織の運営に深く関与し、実務面でのリーダーシップを発揮します。土俵祭などの神事においては、庄之助と共に祭主を務めることもありますが、重要な祝詞の奏上や儀式の最終的な取り仕切りは庄之助の役目となることが一般的です。伊之助は次期庄之助としての準備期間も兼ねており、庄之助の背中を見て帝王学を学んでいるとも言えます。
また、本場所で使用される「顔触れ書き(翌日の取組表)」の執筆も行司の重要な仕事ですが、これには独特の相撲字が用いられます。立行司クラスになると、その筆跡にも高い芸術性と風格が求められ、歴史に残る資料としての価値も帯びてきます。事務能力と統率力、そして伝統文化の継承者としての資質、そのすべてにおいて庄之助は伊之助の上を行く存在でなければならないのです。
行司の歴史に見る両家の伝統とライバル関係
木村家と式守家は、江戸時代から続く行司の二大名門であり、長い歴史の中で互いに切磋琢磨しながら大相撲の伝統を築き上げてきました。現在では同じ相撲協会に所属していますが、かつては対立関係にあった時期もあり、その名残は今も作法や所作の違いとして色濃く残っています。ここでは、両家の成り立ちや、軍配の構え方の違いなど、歴史ロマンあふれるエピソードを紹介します。
木村家の方が歴史は古く、式守家は木村家から派生したとも言われていますが、両家はそれぞれ独自の流儀を確立してきました。木村庄之助は代々「木村家の当主」として、式守伊之助は「式守家の当主」として、一門を率いる立場にあります。かつては部屋ごとに所属する行司の家が決まっていることもありましたが、現在ではその垣根は低くなり、実力主義による昇進システムが整備されています。
木村家と式守家の成り立ちと歴史的背景
行司の歴史において、木村家は最も古い伝統を持つ家柄とされており、その起源は江戸時代初期にまで遡ります。初代木村庄之助が登場して以来、数多くの名行司を輩出し、行司界の主流派として君臨してきました。木村姓を名乗る行司は現在でも数多く存在し、その頂点に立つ庄之助は、まさに行司の中の行司としての正統性を象徴しています。
一方の式守家は、木村家の弟子であった初代式守伊之助が独立して創設した家柄と伝えられています。木村家に対抗する勢力として成長し、独特の華やかさや美学を持つ行司を多く生み出してきました。式守姓の行司は「伊之助」の名跡を最高位として目指しますが、立行司に昇進すると最終的には「木村庄之助」を襲名することが通例となっており、実質的に伊之助は庄之助への登竜門となっています。
このように、歴史的にはライバル関係にあった両家ですが、現在ではシステム上統合され、立行司のツートップとして機能しています。しかし、それぞれの家風や口伝には微妙な違いが残されており、ベテランの行司たちは自らの家名の伝統を重んじた所作を継承しています。この歴史的な背景を知ることで、土俵上の所作一つ一つに込められた意味が見えてくるはずです。
過去の名行司たちが築いたそれぞれの流儀
長い大相撲の歴史の中には、「髭の伊之助」や「カミソリ庄之助」など、異名を取るほどの名行司たちが存在しました。彼らは単に勝負を裁くだけでなく、その立ち振る舞いや声の響き、軍配の返し方などで観客を魅了し、行司そのものを一つの芸として昇華させました。彼らが築き上げた流儀は、現在の庄之助や伊之助にも大きな影響を与え続けています。
例えば、ある代の庄之助は厳格で重厚な裁きを信条とし、微動だにせず勝負を見守るスタイルを確立しました。一方で、ある代の伊之助は機敏な動きと華麗な装束で知られ、土俵上を鮮やかに彩るスタイルを好みました。こうした個性の違いは、木村家と式守家という枠組みを超えて、行司個人の美学として語り継がれており、現在の行司たちも偉大な先人たちのスタイルを参考にしています。
また、名行司たちは数々の修羅場を潜り抜けてきており、難しい判定を瞬時に下す眼力は伝説となっています。彼らが残した「裁きに関する口伝」や「心構え」は、現代の行司たちにとって教科書のような存在です。特に立行司に昇進するような人物は、これらの伝統を深く理解し、自身の裁きに反映させることができる熟練の技を持っています。
譲り団扇や軍配に見る家ごとの特徴
行司が手にする軍配(軍配団扇)にも、家ごとの伝統や個人のこだわりが色濃く反映されています。代々受け継がれてきた「譲り団扇」と呼ばれる由緒ある軍配が存在し、庄之助や伊之助を襲名した者だけが使用を許される特別なものがあります。これらは美術品としての価値も高く、使い込まれた風合いが歴史の重みを感じさせます。
一般的に、木村家の軍配は「陰の構え」といって手の甲を上に向けて構えるのに対し、式守家は「陽の構え」といって手のひらを上に向けて構えると言われることがあります。しかし、これはあくまで俗説や一部の傾向であり、実際には個々の行司の持ち方や流派によって異なります。それでも、こうした「構えの違い」に注目してみるのも、行司鑑賞の面白い視点の一つです。
軍配の形状や描かれている絵柄、書かれている文字(「天下泰平」など)も行司によって千差万別です。立行司になると、自身の好みで新調した軍配を使うこともあれば、先代から託された由緒ある軍配を誇らしげに掲げることもあります。軍配は行司の魂とも言える道具であり、そこには彼らの相撲に対する哲学が凝縮されているのです。
昇進と襲名の厳格なルールと現在の状況
行司の世界は完全な年功序列に近い実力社会であり、立行司への道は極めて狭く険しいものです。誰もが庄之助や伊之助になれるわけではなく、定年や空位のタイミング、そして本人の実績や健康状態が複雑に絡み合って昇進が決まります。ここでは、近年の動向や2025年以降の最新体制を含め、昇進と襲名の知られざる裏側を解説します。
立行司になるためには、まず「三役格行司」に昇進し、そこで長年の実績を積む必要があります。その上で、現職の立行司が引退してポストが空いた際に、初めて昇格のチャンスが巡ってきます。しかし、単に順番を待っていればなれるものではなく、裁きの正確さや指導力、品格などが総合的に評価され、理事会での承認を得て初めて襲名が許されるのです。
三役格行司から立行司への昇格基準
三役格行司から立行司(式守伊之助)への昇格には、明確かつ厳しい基準が設けられています。まず絶対条件として求められるのが「正確な裁き」であり、差し違えの多さや土俵上の失態は致命的なマイナス要因となります。加えて、土俵祭などの神事を執り行う能力や、後輩行司からの人望、相撲字の技量など、行司としての総合力が問われることになります。
また、年齢や経験年数も重要なファクターですが、それ以上に「立行司としての風格」が備わっているかが重視されます。土俵上で横綱と対峙しても引けを取らない存在感や、予期せぬトラブルにも動じない精神力が求められるのです。そのため、三役格で定年を迎える行司も少なくなく、立行司になれるのは選ばれたごく一部のエリートだけと言えます。
さらに、昇格のタイミングも運に左右されます。上のポストが空かなければ、いくら実力があっても昇進することはできません。立行司は定員が2名(庄之助1名、伊之助1名)と決まっているため、この枠に入るための競争は静かですが熾烈です。長年の精進とタイミングが合致した時、初めて最高位への扉が開かれるのです。
空位が続く理由と襲名に必要な条件
近年、木村庄之助のポストが長期間にわたって「空位」となる事態が頻発しました。これは、相次ぐ不祥事や差し違えにより昇進が見送られたり、昇進してもすぐに定年を迎えてしまったりすることが原因です。庄之助という名はあまりに重く、相撲協会としても「ふさわしい実力と実績」がない限り、安易に襲名させることはしないという厳格な姿勢を貫いています。
襲名に必要な条件として、直近の場所での無失策や、安定した土俵運営が求められます。もし昇進直前に差し違えなどを起こせば、昇進が見送られることも珍しくありません。また、伊之助を経験せずにいきなり庄之助になることは原則としてなく、まずは伊之助として実績を積み、その後に庄之助へ昇格するという段階を踏むことが通例となっています。
この「空位問題」はファンにとっても寂しいものでしたが、逆に言えばそれだけ「木村庄之助」というブランドの価値が守られている証拠でもあります。最高位の名跡は、妥協なく選ばれた真の実力者だけが名乗ることを許される、神聖な称号なのです。そのため、庄之助が在位している場所は、それだけで格式が高い場所であると言えるでしょう。
定年制と後継者育成の現状について
行司の定年は65歳と定められており、どんなに名行司であっても、誕生日の前日あるいはその場所の千秋楽をもって土俵を去らなければなりません。この厳格な定年制により、世代交代は強制的に行われます。近年では37代や38代庄之助が定年により引退し、その後の継承がスムーズに行くかどうかが常に注目されてきました。
2024年の9月場所をもって38代木村庄之助が定年退職し、その後、2025年1月場所からは新たな体制がスタートしました。長年空位が続いた時期を経て、39代木村庄之助と43代式守伊之助による「立行司2人体制」が復活したことは、相撲界にとって明るいニュースとなりました。これにより、結びの一番と結び前の一番が、それぞれの立行司によって裁かれる本来の形が整ったのです。
後継者育成については、若手行司の減少や修行の厳しさなど課題も多いですが、協会は研修制度の充実などで底上げを図っています。現在活躍中の三役格や幕内格の行司たちの中にも、将来の庄之助・伊之助候補となる逸材が控えており、彼らがどのように成長し、伝統を受け継いでいくかが今後の見どころとなっています。
相撲ファンなら知っておきたい豆知識と見どころ
木村庄之助と式守伊之助の違いは、形式的なルールだけでなく、もっとマニアックな視点でも楽しむことができます。テレビ中継や現地観戦で、行司の所作や声に耳を傾けてみると、意外な発見があるはずです。ここでは、相撲通を唸らせるような、立行司にまつわる豆知識や隠れた見どころを紹介します。
例えば、土俵入りの先導役や、場内放送での紹介のされ方など、細かな演出にも格式の違いが現れています。これらを知っていると、取組以外の時間も興味深く観察できるようになり、大相撲という伝統芸能の奥深さをより一層感じられるでしょう。次回の観戦時には、ぜひ以下のポイントにも注目してみてください。
行司の掛け声に残る両家の微妙な違い
行司が力士を立ち合わせる際の「はっけよい、のこった」という掛け声。実はこれも、木村家と式守家、あるいは個々の行司によって独特の節回しや発声法があります。一般的に、木村家は「無駄のない、切れ味鋭い掛け声」を良しとし、式守家は「情緒的で、歌うような掛け声」を好む傾向があると言われています。
もちろんこれも個人差が大きい部分ですが、歴代の庄之助の中には、短く鋭く「ハッケヨイ!」と叫ぶタイプが多く見られました。対して伊之助の中には、少し余韻を残すような発声をする行司もいました。土俵上の緊張感を高める声のトーンに聞き耳を立てて、その行司がどちらの系統の掛け声に近いかを分析するのも一興です。
また、勝ち名乗りを上げる際の声の調子や、力士の名前を呼び上げる際の間合いにも、それぞれの美学が宿っています。立行司クラスになると、その声一つで館内の空気を支配するほどの迫力があり、まさに「声の職人」としての側面も持ち合わせているのです。
土俵入り先導や場内アナウンスの役割分担
本場所の幕内土俵入りでは、行司が先導役を務めますが、ここにも役割分担があります。奇数日と偶数日で東方・西方の先導が入れ替わることもありますが、原則として立行司は横綱土俵入りの先導を務めることが重要な任務です。特に木村庄之助は、正横綱(東の横綱)の土俵入りを先導するのが通例で、最高の格式をもって土俵を清めます。
式守伊之助も横綱土俵入りを先導しますが、横綱が複数いる場合は分担し、横綱が一人の場合は庄之助と交代で務めるなどの調整が行われます。この先導時の歩き方や姿勢も非常に重要で、力士を導く堂々とした振る舞いが求められます。装束を翻して先導する姿は、取組中とはまた違った優雅さがあります。
場内アナウンスに関しても、翌日の取組を披露する「顔触れ言上(かおぶれごんじょう)」は立行司の重要な仕事です。土俵上で扇子を開き、朗々とした声で翌日の好取組を読み上げる姿は、一日の締めくくりにふさわしい儀式的な美しさがあります。この際の声の通りや節回しも、立行司の実力の見せ所とされています。
装束の紋様や色使いに込められた意味
行司の装束(直垂)には、それぞれの家紋やスポンサーから贈られた意匠など、様々な紋様が描かれています。木村庄之助や式守伊之助クラスになると、その装束は数百万円とも言われる豪華絢爛なもので、伝統工芸品としての価値も極めて高いものです。季節に合わせた色使いや、おめでたい吉祥文様など、衣装を見るだけでも楽しめます。
特に注目したいのが、襟元や袖口からのぞく襦袢(じゅばん)の色や、袴の柄です。これらは個人のセンスが光る部分であり、厳格なルールの中にも遊び心が隠されています。また、冬場は厚手の生地、夏場は涼しげな麻の生地など、季節感を大切にした衣替えも行われており、日本の四季を感じさせる要素となっています。
立行司の装束は、単なるユニフォームではなく、相撲界の威信をかけた「晴れ着」です。彼らが土俵に上がるだけで画面が華やぐのは、その装束に込められた職人たちの技と、それを着こなす行司自身の気品が融合しているからに他なりません。
まとめ
木村庄之助と式守伊之助、両者の違いは大相撲の長い歴史と伝統に裏打ちされた、極めて厳格で意義深いものでした。単なる順位の差ではなく、装束の色から帯刀の覚悟、そして結びの一番を裁く責任に至るまで、すべてが「最高位」としての権威を保つために設計されています。
2025年に復活した39代木村庄之助と43代式守伊之助による2人体制は、大相撲の土俵をより正統で引き締まったものにしています。彼らが軍配を挙げる瞬間、その背景にある歴史や個人の生き様に思いを馳せることで、相撲観戦はより一層ドラマチックなものになるでしょう。次回の大相撲中継では、ぜひ彼らの房の色と、一挙手一投足に注目してみてください。
| 項目 | 木村庄之助(最高位) | 式守伊之助(次位) |
|---|---|---|
| 異名 | 行司の横綱 | 行司の大関 |
| 房・菊綴の色 | 総紫(そうむらさき) | 紫白(むらさきしろ) |
| 担当取組 | 結びの一番 | 結び前の一番(または二番) |
| 軍配の構え | 主に手の甲を上(陰)※諸説あり | 主に手のひらを上(陽)※諸説あり |


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