大相撲の取組を見ていると、激しい攻防の中で「まわしが外れてしまったらどうなるんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか。
実は相撲のルールには、まわしが外れて局部が見えてしまった時点で負けとなる「不浄負け」という規定が明確に存在しています。
めったに起こらない珍事ですが、過去には実際に本場所で発生し、力士が反則負けになった衝撃的な事例も記録されています。
この記事では、相撲のまわしに関するルールや構造、もしもの時の対応について詳しく解説します。
- まわしが外れると即座に適用される「不浄負け」の厳格な定義
- 2000年に発生した朝ノ霧の「まわしポロリ事件」の全貌
- 行司が試合を止めて締め直す「まわし待った」の判断基準
- 長さ10mものまわしを絶対に緩まないように締めるプロの技術
- 高級な絹製のまわしを決して洗わない驚きの理由と手入れ方法
相撲でまわしが取れるとどうなる?不浄負けのルールと歴史
相撲の取組中にまわしが外れてしまい、局部が露出してしまうことを「不浄負け」と呼び、即座にその力士の負けとなります。
これは日本相撲協会の勝負規定第16条に「前褌(まえみた)がはずれて落ちた場合は、負けである」とはっきりと明記されている厳格なルールです。
まわしは力士にとって唯一の着衣であり、神聖な土俵の上で品位を保つためにも、この規定は非常に重要視されています。
実際には何重にも固く巻かれているため滅多に起こりませんが、物理的に外れてしまった瞬間に勝負は決することになるのです。
不浄負けは単なるハプニングではなく、力士としての管理不足や締め方の甘さが問われる「反則負け」の一種として扱われます。
相撲の歴史においてこの不浄負けが適用された事例は極めて少なく、それだけに発生した際には大きなニュースとして取り上げられてきました。
観客にとっては驚きの瞬間ですが、当事者である力士や審判にとっては冷や汗が出るような深刻な事態であることは間違いありません。
ここでは、不浄負けの定義や過去に実際に起きた衝撃的な事例、そしてその時の周囲の反応について詳細に掘り下げていきます。
勝負規定第16条が定める「不浄負け」の厳格な定義
日本相撲協会の勝負規定には、力士が土俵上で守るべきルールが細かく定められており、その第16条が通称「不浄負け」に関する条項です。
条文には「前褌(まえみた)がはずれて落ちた場合は、負けである」と記されており、これは意図的か偶発的かを問わず適用される絶対的なルールです。
「前褌」とはまわしの体の前にある部分、いわゆる局部を隠している縦のラインの部分を指し、ここが外れることは致命的な失態とみなされます。
このルールが存在する背景には、相撲が神事であり、土俵が神聖な場所であるという考え方が深く根付いています。
局部を露出することは「不浄」であり、神聖な土俵を汚す行為として、相撲の内容に関わらず即座に負けが宣告されるのです。
行司や勝負審判は、まわしが緩んで危険な状態になった場合、露出する前に勝負を止める努力をしますが、間に合わずに露出してしまった場合は規定通り処理されます。
現代の大相撲においては、テレビ中継が全世界に行われていることもあり、不浄負けは放送事故に直結する非常にデリケートな問題でもあります。
そのため、関取衆は締め込み(まわし)の扱いに細心の注意を払っており、付け人も緩みがないよう全力で締め上げるのが鉄則となっています。
もし規定が適用される事態になれば、その力士は敗北だけでなく、関係各所への対応も含めて多大な社会的制裁を受けることになりかねません。
83年ぶりの珍事!2000年夏場所の朝ノ霧「ポロリ」事件
大相撲の長い歴史の中で、最も有名かつ衝撃的な不浄負けの事例として語り継がれているのが、2000年(平成12年)5月場所での出来事です。
当時三段目の力士であった朝ノ霧が千代白鵬(後の幕内力士)との取組中に、まわしの前袋が外れて局部が完全に露出してしまいました。
これは1917年以来、実に83年ぶりに記録された公式な不浄負けであり、当時のメディアや相撲ファンの間で大きな話題となりました。
取組は激しい攻防が続いていましたが、千代白鵬が朝ノ霧のまわしを掴んで攻め込んだ際、朝ノ霧のまわしが徐々に緩んでいきました。
そして決定的瞬間、まわしの前部分が完全にほどけて垂れ下がり、土俵下の勝負審判が慌てて手を挙げて勝負を止める事態となりました。
行司は即座に軍配を千代白鵬に上げず、審判団との協議の末に「反則負け」として千代白鵬の勝利を宣告しました。
この事件は、テレビ中継こそ幕下以下の時間帯で全国ネットではありませんでしたが、ニュース番組などで大きく報じられることとなりました。
朝ノ霧本人はもちろん、まわしを締めた付け人や指導する親方にとっても、決して笑い話では済まされない厳しい現実を突きつけられる結果となりました。
この一件以降、各相撲部屋ではまわしの締め方に対する指導が改めて徹底されるようになり、再発防止への意識が高まったと言われています。
1917年の男島対友ノ山戦で起きた歴史的な不浄負け
2000年の事件が起きるまで、最後の不浄負けとして記録されていたのが、1917年(大正6年)5月場所での十両取組、男島対友ノ山の一戦です。
この取組では、激しい投げの打ち合いの中で男島のまわしが解け、完全に全裸に近い状態になってしまったと記録に残されています。
当時の相撲は現在よりも牧歌的な雰囲気があったとはいえ、やはり公衆の面前での露出は許されず、即座に男島の負けが宣告されました。
大正時代のこの記録は、相撲がいかに長い歴史を持ち、その中で様々なハプニングを経験してきたかを物語る貴重な資料となっています。
当時の新聞記事などによれば、観客席からはどよめきと共に失笑が漏れ、土俵上の力士も困惑した様子であったと伝えられています。
この事例があったからこそ、勝負規定における不浄負けのルールが形骸化せず、現代に至るまで厳格に維持されてきたとも言えるでしょう。
男島の事例以降、80年以上もの間、本場所での不浄負けが発生しなかったことは、力士やまわしを締める職人たちの技術の高さを示しています。
まわしは単なる布切れではなく、力士の命とも言える道具であり、それを扱う技術もまた伝統として継承されてきました。
過去の失敗を教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さないという角界全体の強い意志が、長きにわたる「無事故」の記録を支えていたのです。
海外メディアも騒然!「MANHOOD」が全国放送された衝撃
2000年の朝ノ霧の一件は、日本国内のみならず、海外のメディアによっても驚きを持って世界中に報道されることとなりました。
特にロイター通信などの国際的な通信社は、この珍事をユーモアを交えつつも、相撲という伝統文化における特異なハプニングとして詳細に伝えました。
記事の中では「MANHOOD(男性の象徴)」という表現が使われ、それが公共の電波に乗ってしまったことの衝撃が語られています。
海外の反応としては、「相撲レスラーは下着をつけないのか」という素朴な疑問や、「厳格なルールの下で戦う競技性」への関心が寄せられました。
西洋のスポーツではユニフォームが破れた程度で即座に負けになることは稀ですが、相撲における「不浄」の概念は文化的な独自性を強く感じさせるものでした。
このニュースを通じて、相撲が単なる格闘技ではなく、神事や儀式としての側面を強く持っていることが、逆説的に世界へ知れ渡ることになったのです。
また、この報道は相撲協会にとっても、国際化が進む中での伝統の守り方や、リスク管理の重要性を再認識させる契機となりました。
海外からの視線は時にシビアであり、日本の伝統文化がどのように受け止められるかを意識せざるを得ない状況を作り出しました。
「まわしが外れる」という一見滑稽な出来事が、グローバルな視点からは文化的なコンテキストを含んだ興味深いニュースとして消費されたのです。
禁じ手としての「まわしを故意に外す行為」と反則
まわしが自然に外れるのは不浄負けですが、相手のまわしを故意に外そうとする行為や、不浄負けを狙って前袋に手をかける行為は「禁じ手」とされています。
勝負規定には「相手の前袋を握ったり、指を入れて引いたりすること」を禁じる条項があり、これを行った力士は反則負けとなります。
相撲は正々堂々と力と技を競うものであり、相手を辱めるような勝ち方や、品位を欠く攻撃は厳しく制限されているのです。
もし取組中に相手がまわしの結び目を解こうとしたり、前袋に指を入れて引き下げようとしたりすれば、行司は即座に勝負を止める権限を持っています。
これは安全管理の面だけでなく、相撲道の精神を守るためにも絶対に必要なルールであり、力士たちもこの一線を越えることはありません。
まわしを取る技術はあくまで相手の重心を崩したり投げを打ったりするためであり、まわしそのものを脱がすためのものではないのです。
過去には、激しい攻防の中で手が滑って前袋にかかってしまい、行司から注意を受けたり、取り直しになったりしたケースは存在します。
しかし、露骨に不浄負けを狙うような行為は、力士としての誇りを捨てることに等しく、プロの世界ではまず見られない恥ずべき行為と認識されています。
ルールブックには書かれていない「力士の品格」という不文律が、このような卑劣な行為を未然に防ぐ最大の抑止力になっているとも言えるでしょう。
まわしが緩んだ時の救済措置「まわし待った」とは
取組中にまわしが緩んでしまった場合、必ずしもそのまま不浄負けになるわけではなく、行司の判断で救済措置が取られることがあります。
それが「まわし待った」と呼ばれるルールで、不浄負け(露出)の危険性が高まったと判断された際、行司が一時的に勝負を中断させます。
この措置は、勝負の公平性と力士の名誉を守るための重要なシステムであり、行司の観察眼と迅速な判断力が試される場面でもあります。
「まわし待った」がかかると、両力士は土俵上で組み合ったまま動きを止め、その間に素早く行司がまわしを締め直す作業を行います。
この独特の光景は、相撲ならではの緊張感とユーモアが同居する瞬間でもあり、観客も固唾をのんで行司の手元を見守ることになります。
ここでは、まわし待ったがかけられる具体的な条件や、その際に行司や力士が守らなければならない厳格なルールについて解説します。
行司が「まわし待った」をかける判断基準とタイミング
行司が「まわし待った」をかける最大の基準は、まわしの緩みが進行し、このまま攻防を続けるとまわしが外れてしまう危険性が高いと判断された時です。
特に、後ろの結び目が解けかけて垂れ下がってきたり、前袋の部分が極端に緩んで横にずれたりした場合、行司は即座に反応します。
ただし、力士が動き続けている最中や、技が決まりそうな瞬間に止めることはできないため、動きが止まった一瞬の隙を見極める必要があります。
また、まわしの緩みが勝敗に直接的な不利益を与える可能性がある場合も、行司の裁量で待ったをかけることがあります。
例えば、一方がまわしを取ろうとしても緩すぎて力が伝わらない状態や、まわしが長すぎて足に絡まる危険がある場合などがこれに該当します。
しかし、あまりに頻繁に止めると取組のリズムを崩すため、行司には「危険な状態か、まだ続行可能か」を見極める高度な判断力が求められます。
行司が「まわし待った」を宣告する際は、大声で「待った、待った!」と声を掛け、両力士の体や腕を叩いて合図を送ります。
この瞬間、場内の空気は一変し、観客も行司の動きに注目するため、行司にとっては自身の技量が試されるプレッシャーのかかる場面となります。
適切なタイミングで待ったをかけることは、不浄負けという最悪の事態を防ぐための、行司に課せられた重要な責務の一つなのです。
両力士は一歩も動けない!締め直し中の厳格なルール
「まわし待った」がかかっている間、両力士は行司が「動くな」と指示した時点の体勢を完全に維持しなければなりません。
たとえ苦しい体勢であっても、有利な位置に組み手を変えたり、足を動かして体勢を整えたりすることは厳禁とされています。
もしこの間に動いてしまうと、勝負再開後の有利不利が変わってしまい、公平な勝負が成立しなくなってしまうからです。
行司はまわしを締め直す作業を行いつつ、同時に両力士が少しでも動かないように目を光らせるという、非常に難しい役割を担います。
締め直しが終わると、行司は両力士の背中や腰をポンポンと叩いて「いいか、いいか」と確認し、勝負再開の合図を出します。
この再開の瞬間も重要で、両者が納得した状態で、かつ直前の攻防の勢いを殺さないようにスムーズに再開させることが求められます。
過去には、まわし待ったの最中に力士が動いてしまい、相手側からクレームがついたり、行司が元の位置に戻すのに苦労したりした事例もあります。
長時間の中断は力士の体力や集中力を奪うため、行司はいかに手早く、かつ確実にまわしを締め直せるかが腕の見せ所となります。
土俵上の静止した時間の中で、行司の手だけが忙しく動く光景は、大相撲という競技の特異性と厳格さを象徴するシーンの一つです。
過去に起きた「まわし待った」の珍場面とエピソード
「まわし待った」は頻繁に見られるものではありませんが、過去にはいくつかの印象的な珍場面やエピソードが残されています。
ある取組では、行司がまわしを締め直そうとしたものの、固く結ばれすぎていて解けず、呼び出し(進行係)まで土俵に上がって手伝う事態になりました。
また、締め直しが不十分ですぐにまた解けてしまい、一度の取組で二度も「まわし待った」がかかるという異例の展開になったこともあります。
さらに珍しいケースとして、まわしが緩んだわけではなく、さがり(まわしに挟んである飾り紐)が完全に抜けてしまい、それを拾うために待ったがかかることもあります。
通常、さがりが抜けても勝負は続行されますが、それが力士の足に絡まるなど危険と判断された場合は、行司が取り除くために一時中断することがあるのです。
こうしたハプニングは、真剣勝負の中にも人間味や偶発的な要素が含まれていることを思い出させ、観客にとっては意外な見どころとなります。
最も記憶に残るのは、まわし待ったの後に勝負の流れが完全に変わってしまい、劣勢だった力士が逆転勝利を収めるパターンです。
中断によって息が整ったり、冷静さを取り戻したりすることが影響するため、「まわし待った」は単なる中断以上の意味を勝負に持たせることがあります。
運も実力のうちと言いますが、まわしの緩みが勝負の綾となり、番狂わせを生むドラマチックな展開も大相撲の醍醐味の一つと言えるでしょう。
激しい動きでも取れない理由!まわしの構造と締め方の秘密
体重150kgを超える巨漢同士がぶつかり合い、互いにまわしを掴んで激しく振り回しても、通常まわしが外れることはまずありません。
これは、まわし自体が非常に長く強靭な素材で作られていることと、伝統的な「絶対に緩まない締め方」が実践されているためです。
関取が使用する「締め込み」は、単なる帯ではなく、機能性と美しさを兼ね備えた究極のスポーツギアとも言える構造を持っています。
まわしの長さや素材は階級によって厳格に決められており、その扱いは力士にとって基本中の基本となるスキルです。
特に締め方に関しては、自分一人では決して巻くことができず、補助者(付け人)との呼吸を合わせた共同作業によって完成されます。
ここでは、まわしの物理的なスペックや、プロフェッショナルたちが継承してきた「解けない結び方」の秘密に迫ります。
長さ約10メートル!関取のまわしの素材とスペック
関取(十両以上)が本場所で使用するまわしは「締め込み」と呼ばれ、その長さは約8メートルから10メートルにも及びます。
素材は最高級の絹(シルク)100%で作られており、博多織や西陣織などの伝統工芸品が採用されることが一般的です。
絹は非常に強靭でありながら適度な伸縮性と摩擦力を持っており、一度きつく締め上げると緩みにくいという特性があります。
一方、幕下以下の力士や稽古用のまわしは木綿(コットン)製で、色は黒色(一部例外あり)と決められています。
木綿のまわしは絹に比べて滑りにくく、汗を吸いやすい特徴がありますが、関取用の絹のまわしは汗を含むと更に締まりが増すと言われています。
幅は約80センチメートルありますが、これを着用時には「折り」を入れて細くし、腰に巻き付けるスタイルをとります。
この約10メートルという長さは、巨体な力士の腰を4周から5周もしっかりと巻くために必要な長さです。
何重にも重ねて巻くことで、まわし自体が分厚いベルトのような役割を果たし、腰椎を保護するコルセットのような機能も発揮します。
単なる着衣ではなく、怪我を予防し、力を最大限に発揮するための防具としての側面も、まわしの重要なスペックの一つなのです。
一人では不可能?補助者と息を合わせる締め方の手順
まわしを締める作業は、必ず「締める人(力士)」と「補助者(付け人)」の二人一組で行われるのが鉄則です。
まず、まわしを縦に折りたたんで適切な太さにし、力士の股間に通して前袋(局部の保護部分)を作る位置を決めます。
そこから力士は体を回転させながらまわしを腰に巻き付けていきますが、補助者は後ろでまわしを強く引っ張り、テンションをかけ続けます。
この「引っ張りながら巻く」工程が非常に重要で、力士の呼吸に合わせて一瞬の隙もなく締め上げていく熟練の技術が求められます。
補助者は力士が回る速度に合わせて移動し、まわしがねじれたり、重なりがズレたりしないように常に手元を調整します。
力士自身もお腹を膨らませたり凹ませたりして、最も力が入る締め具合を微調整しながら巻き進めていきます。
巻き終わりの処理も重要で、最後は後ろの結び目をただ結ぶのではなく、複雑に挟み込んで固定する独特の手法が使われます。
この一連の動作は、相撲部屋に入門した新弟子が最初に覚えるべき仕事の一つであり、先輩のまわしを締めることで相撲の基礎を学びます。
完璧に締められたまわしは、激しい取組の後でもほとんど緩むことがなく、二人の呼吸が合った証拠とも言えるのです。
摩擦と構造を利用した「緩みにくい結び目」の秘密
まわしが激しい動きの中でも解けない最大の秘密は、その結び目の構造と素材同士の摩擦力にあります。
実は、関取のまわしは一般的な「蝶結び」や「固結び」ではなく、巻き付けた層の間に端を挟み込み、折り返すことで固定しています。
この構造により、力がかかればかかるほど結び目が締まる方向に作用し、逆に緩む方向には力が働きにくいようになっています。
また、絹という素材は、乾燥している状態では滑らかで美しい光沢を放ちますが、水分(汗)を含むと繊維が膨張し、摩擦係数が急激に高まります。
取組前に力士が大量の汗をかいているのはウォーミングアップの結果ですが、これがまわしを身体に密着させ、ズレを防ぐ効果も生んでいます。
さらに、何重にも巻かれたまわしの層同士が互いに食い込むことで、全体として一つの強固なリング状の構造体を形成しています。
もし結び目が単純な構造であれば、相手にまわしを掴まれて引きつけられた際に、簡単に解けてしまうでしょう。
しかし、相撲のまわしは「取られること」を前提に設計されており、どの方向から引っ張られても全体の強度が保たれるようになっています。
この物理的な工夫と伝統的な知恵の結晶が、150kgの巨体が激突してもビクともしない、最強の装備を実現しているのです。
まわしに関する意外なルールと雑学
相撲のまわしには、競技上のルールだけでなく、長年の歴史の中で培われてきた独特の習慣やジンクスが存在します。
その中でも特に有名なのが「まわしは絶対に洗わない」という掟ですが、これは単なる迷信ではなく、理にかなった理由があります。
また、まわしの色や素材には階級による明確なヒエラルキーがあり、力士たちにとってまわしは自身のステータスを表す象徴でもあります。
ファンであれば知っておきたい、まわしにまつわる「色」のルールや、化粧まわしとの違い、そして手入れの方法など。
これらを知ることで、土俵上の力士の姿がより深く、そして興味深く見えてくるはずです。
ここでは、相撲界の常識でありながら、一般社会からは驚かれることの多いまわしの雑学について解説します。
「まわしは洗わない」は本当!その理由と手入れ方法
「まわしは洗わない」というのは相撲界の厳然たる事実であり、引退するまで一度も水洗いしないことが一般的です。
その最大の理由は、絹製の締め込みを水洗いしてしまうと、繊維が縮んで硬くなり、本来のしなやかさや強度が失われてしまうからです。
高価な博多織などの生地はデリケートで、洗濯機で洗うことなど論外であり、クリーニングに出す習慣もありません。
また、精神的な理由として「水に流す」=「これまでの稽古の成果や勝ち運を流してしまう」というジンクスも深く信じられています。
まわしに染み込んだ汗や土は、その力士が積み重ねてきた努力の結晶であり、それを洗い流すことは縁起が悪いとされているのです。
もちろん衛生面が気になるところですが、力士たちは使用後に天日干し(陰干し)をして完全に乾燥させ、アルコール消毒を行うことで清潔を保っています。
稽古用の木綿のまわしに関しては、関取衆は洗わないことが多いですが、若い力士やまわしがまだ硬い場合は、柔らかくするために洗うこともあります。
しかし、本場所用の締め込みに関しては「洗わない」が絶対のルールであり、使い込むほどに体に馴染み、色合いも深まっていくものとされています。
あの独特の風格あるまわしの姿は、洗わずに大切に使い続けられた時間の積み重ねによって作られているのです。
関取はカラフル、幕下は黒?階級による色と素材の違い
大相撲では、力士の階級(番付)によって使用できるまわしの色や素材が厳格に区別されています。
テレビ中継で見る十両以上の「関取」は、自分の好きな色の絹製の締め込み(まわし)を着用することが許されています。
紫、紺、エンジ、茶色、最近ではピンクやゴールド、鮮やかなブルーなど、個性豊かなカラーリングが土俵を彩っています。
一方、幕下以下の力士(養成員)は、原則として黒色の木綿製のまわししか着用することができません。
これは「まだ修行中の身である」ことを示しており、黒まわしから色とりどりの締め込みに変わることは、関取に昇進した証として最大の喜びとなります。
素材も木綿と絹では締め心地や相手に掴まれた時の感触が全く異なるため、関取になることは装備面でも大きなアップグレードを意味します。
例外として、アマチュア相撲出身のエリート力士などが、特定の大会で白や生成りのまわしを使用することはありますが、大相撲の本場所では黒が基本です。
この視覚的な区別は、観客にとっても力士の地位を一目で理解する助けとなり、厳しい階級社会の現実を可視化しています。
色とりどりのまわしが並ぶ土俵入りは、選ばれし者たちだけが立てる華やかなステージであることを象徴しているのです。
化粧まわしと締め込みの違い!土俵入り専用の芸術品
相撲中継でよく目にする、豪華な刺繍が施されたエプロンのようなまわしは「化粧まわし」と呼ばれ、取組用の「締め込み」とは全く別物です。
化粧まわしは十両以上の関取が土俵入りの儀式を行う際にのみ着用するもので、実際に相撲を取る時には使いません。
一本数百万円から一千万円以上もする高価な芸術品であり、後援会やタニマチから贈られることが多く、力士の人気と勢いのバロメーターでもあります。
化粧まわしの下には、実は別のまわしや下帯を締めており、儀式が終わると支度部屋に戻って取組用の締め込みに着替えます。
この着替えの時間は限られているため、付け人たちは手際よく化粧まわしを外し、本番用の締め込みを締め上げる必要があります。
横綱の土俵入りの場合、横綱は化粧まわしの上にさらに「綱」を締めますが、これも取組前には全て外して通常の締め込み姿になります。
化粧まわしのデザインは、力士の出身地の名所や、四股名にちなんだ柄、スポンサー企業のキャラクターなど多種多様です。
これらは日本の伝統的な刺繍技術の粋を集めたものであり、単なる衣装を超えて「動く美術館」とも評されるほどの価値を持っています。
「締める」という行為は同じでも、戦うための締め込みと、魅せるための化粧まわしは、それぞれ異なる役割を持って大相撲の文化を支えています。
まわしに関するヒヤリハットと勝負の分かれ目
不浄負けとまではいかなくとも、まわしに関するヒヤリとする場面や、勝負の行方を左右する微妙な判定は意外と多く存在します。
例えば、軍配が上がった直後にまわしが外れた場合はどうなるのか、あるいは戦略的にまわしを緩く締めることは許されるのか。
これらはルールの盲点や、力士たちの駆け引きが交錯するグレーゾーンであり、知れば知るほど相撲観戦が面白くなるポイントです。
また、そもそも「まわしを取る(掴む)」技術自体も、まわしが外れそうになる原因と密接に関係しています。
一枚まわし(薄く一枚だけ掴む状態)などは非常に切れやすく、また外れやすい状態を作るため、攻める側も守る側もリスク管理が必要です。
最後に、まわしにまつわる判定の境界線や、力士たちが実践している実戦的なテクニックについて触れておきましょう。
軍配後の露出はセーフ?判定の境界線となった過去事例
まわしが外れて局部が見えると不浄負けですが、実は「勝負が決まった後」であれば、たとえ露出しても反則負けにはなりません。
これを証明する有名な事例が、1912年(明治45年)の有明対八甲山戦で、取組中にまわしが外れかけ、勝負が決まった瞬間に完全に露出してしまいました。
しかし、行司はすでに有明の体がない(負け)と判断して八甲山に軍配を上げており、露出はその直後の出来事として不問とされました。
この判定基準は「勝負の成立時点」がどこにあるかを厳密に定めており、軍配が上がった(あるいは体が落ちた)瞬間以降のハプニングは勝敗に影響しないという原則に基づいています。
もちろん、露出した力士にとっては恥ずかしい事態に変わりありませんが、記録上は「勝ち」として残ることになります。
もしこれが勝負がつく前、あるいは同時のタイミングであれば、行司軍配差し違えで不浄負けが宣告されていた可能性が高いでしょう。
現代のビデオ判定技術を用いれば、露出の瞬間と着地の瞬間をコンマ何秒の単位で比較することが可能です。
そのため、もし現代で同様のケースが起きれば、物言い(審判団の協議)によって、より厳密かつシビアな判定が下されるかもしれません。
いずれにせよ、力士にとっては勝っても負けても、まわしが外れること自体が最大のリスクであることに変わりはありません。
戦略的に緩くする?「緩ふん」のメリットとリスク
力士の中には、まわしをガチガチにきつく締めるタイプと、あえて少し余裕を持たせて緩めに締めるタイプが存在します。
緩めに締めることを相撲用語で「緩ふん(ゆるふん)」と呼びますが、これには相手にまわしを取られた際に、遊びを持たせて力を逃がす狙いがあります。
まわしが緩いと、相手は指を入れてもガッチリと力を込められず、投げを打とうとしてもまわしだけが伸びて体がついてこないという現象が起きます。
しかし、この「緩ふん」は諸刃の剣であり、緩すぎるまわしは自分が力を出す際にも腰に力が入らず、不安定になるリスクを伴います。
さらに、前述した「不浄負け」や「まわし待った」のリスクも格段に高まるため、極端に緩くすることは推奨されません。
親方衆や解説者からも「まわしが緩い!」と苦言を呈されることが多く、基本的にはきつく締めることが良しとされています。
それでも、自身の相撲スタイルや体型に合わせて、ギリギリの緩さを追求する力士は後を絶ちません。
逆に、貴景勝のような押し相撲の力士は、まわしを取らせない前提のため、非常にきつく締める傾向にあります。
まわしの締め具合一つにも、力士それぞれの戦略や哲学が隠されており、取組前の所作でまわしを気にする仕草などから、その日のコンディションを推測することもできるのです。
上手・下手・前まわし!「まわしを取る」技術の基本
「まわしが取れる(外れる)」話を中心にしましたが、相撲本来の「まわしを取る(掴む)」技術についても簡単に触れておきます。
相手の腕の外側からまわしを掴むのを「上手(うわて)」、内側から掴むのを「下手(したて)」と呼び、これらが四つ相撲の基本となります。
深く背中の方を持つか、浅く横を持つか、あるいは「前まわし」と呼ばれる腹の部分を持つかによって、かけられる技や有利不利が劇的に変化します。
特に「前まわし」を取ると、相手の重心をコントロールしやすくなる一方で、まわしが緩みやすい箇所でもあり、不浄負けのリスクゾーンに最も近い場所とも言えます。
また、一枚だけ薄く掴む「一枚まわし」は、相手への食い込みが強く強力な武器になりますが、千切れてしまう可能性もあります。
過去には、怪力力士がまわしを引きちぎってしまった事例もあり、まわしの強度が試される瞬間でもあります。
力士たちは指の皮がめくれるほどの力でまわしを奪い合い、その掴んだ位置(まわしの位置)の数センチの差で勝負が決まります。
「まわしを取る」攻防こそが相撲の技術の核心であり、その激しいやり取りに耐えうる強度があるからこそ、大相撲は成立しています。
まわしが「取れる(外れる)」心配よりも、「取る(掴む)」技術に注目することで、相撲観戦の深みはさらに増していくことでしょう。
まとめ:まわしは力士の魂!ルールを知って相撲を深く楽しもう
相撲における「まわし」は、単なる道具や衣装を超えた、力士の魂そのものとも言える存在です。
「不浄負け」という厳格なルールは、神事としての相撲の尊厳を守るために不可欠な規定であり、83年ぶりの珍事となった朝ノ霧の事例は、その重みを現代に伝えました。
まわしが外れることは滅多にありませんが、万が一緩んだ場合には「まわし待った」という救済措置があり、行司の判断と技術によって勝負の公平性が保たれています。
また、10メートルにも及ぶ絹のまわしを、補助者と協力して絶対に解けないように締め上げる技術は、相撲文化の奥深さを物語っています。
「洗わない」という伝統や、階級による色の違い、そしてまわしを巡る激しい攻防の裏には、力士たちの勝利への執念とプライドが詰まっています。
次に大相撲を観戦する際は、勝敗だけでなく、力士の腰に巻かれた「まわし」の状態や、行司の動きにもぜひ注目してみてください。
もしテレビの前で「まわしが緩そうだな」と気づいたら、それは不浄負けや待ったが起こるかもしれない、貴重な瞬間の目撃者になるチャンスかもしれません。
この記事で紹介した知識を活かして、ハラハラドキドキの展開も含めた、よりマニアックで深い相撲観戦を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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