日本の国技である大相撲の土俵に上がるためには、日本相撲協会が実施する「新弟子検査」という最初の関門を突破しなければなりません。かつては厳しい身長や体重の制限がありましたが、時代とともにその門戸は大きく広げられつつあります。
本記事では、力士志望者はもちろん、相撲ファンなら知っておきたい新弟子検査の最新ルールや合格基準、当日の流れを徹底的に解説します。体格基準の事実上の撤廃や年齢制限の緩和など、劇的に変化している入門制度の現在地を正しく理解しましょう。
以下の表は、近年の新弟子検査における主な変更点をまとめたものです。
| 項目 | 従来の規定 | 最新の規定(2024年以降) |
|---|---|---|
| 体格基準 | 身長167cm・体重67kg以上 | 基準未満でも運動能力検査で合格可能 |
| 年齢制限 | 原則23歳未満 | 運動能力検査合格等で25歳未満へ緩和 |
| 付出し制度 | 幕下10枚目・15枚目格 | 幕下最下位格・三段目最下位格へ統一 |
大相撲新弟子検査の基礎知識と合格へのプロセス
力士として大相撲の世界に足を踏み入れるためには、日本相撲協会が定める規定をクリアし、親方を通じて検査に申し込む必要があります。ここでは、誰が受検できるのかという基本的な資格要件から、合格発表に至るまでの全体的な流れを解説します。
検査は単なる身体測定だけでなく、医師による健康診断や基礎体力の確認も含まれており、プロアスリートとしての最低限の資質が問われる場です。
受検資格と年齢制限の壁
新弟子検査を受けるための基本条件は、義務教育を修了した健康な男子であることです。一般的には中学卒業見込みの時点から受検が可能となり、多くの力士が15歳で入門を決意します。
年齢の上限は原則として「23歳未満」と定められていますが、特定のアマチュア大会での実績がある場合や、後述する運動能力検査に合格した場合には「25歳未満」まで緩和されます。この緩和措置により、大学卒業後に社会人を経験してから入門するケースも現実的になりました。
身長体重の計測と健康診断
検査のメインとなるのは、両国国技館や各地の会場で行われる体格測定と健康診断です。身長と体重の計測は、協会関係者や報道陣が見守る中で厳正に行われます。
健康診断では、内科検診、視力検査、聴力検査、レントゲン撮影、心電図、エコー検査などが実施されます。相撲は激しいコンタクトスポーツであるため、心臓や内臓に重篤な疾患がないかを入念にチェックする必要があるのです。
運動能力検査の導入
体格基準に満たない志望者や、年齢制限の緩和措置を希望する志望者を対象に「運動能力検査」が実施されます。これは以前「第二新弟子検査」と呼ばれていたものが形を変えて復活・整備されたものです。
この検査では、背筋力、握力、ハンドボール投げ、50m走、反復横跳びなどの種目が課され、力士として通用する基礎体力があるかどうかが総合的に判断されます。
合格発表と前相撲への道
検査の結果は、実施から数日後に行われる理事会で承認され、正式に合格発表となります。合格した新弟子たちは、その場所の「前相撲(まえずもう)」に出場する資格を得ます。
前相撲は番付外の力士たちが取る一番最初の相撲であり、ここでの成績が来場所の「序ノ口」の番付順位に影響します。前相撲で勝ち星を挙げ、出世披露を行うことで、晴れて一人前の力士として番付に名前が載ることになるのです。
不合格になるケースとは
新弟子検査は落とすための試験ではなく、基本的には受け入れるための確認作業ですが、稀に不合格となるケースも存在します。主な理由は、健康診断で心臓疾患や感染症などの重大な問題が見つかった場合です。
また、背中や腕などに刺青(タトゥー)がある場合も、規定により合格することはできません。近年はコンプライアンスの観点から身体検査が厳格化されており、美容目的であっても整形でシリコンを入れている場合などは不合格の対象となります。
時代と共に変わる体格基準と運動能力検査の真実
かつての新弟子検査といえば、「身長が足りずに頭にシリコンを入れる」といったエピソードが有名でしたが、現在は状況が大きく変わっています。少子化による入門者減少を受け、日本相撲協会は門戸を広げるための大胆な改革を行いました。
ここでは、事実上の撤廃と言われる現在の体格基準と、それに伴い重要性を増している運動能力検査について詳しく掘り下げます。
167cm67kg基準の事実上の撤廃
長らく大相撲の入門基準として存在していた「身長167cm以上、体重67kg以上(3月場所は165cm、65kg以上)」という規定は、2023年末の理事会決定により事実上撤廃されました。
現在でも形式上の計測は行われますが、この数値に達していなくても即不合格にはなりません。小柄であっても優れた運動神経を持つ若者にチャンスを与えるため、不足している場合は自動的に運動能力検査へと回ることになります。
第二検査から運動能力検査へ
かつて身長不足の志望者を救済するために存在した「第二新弟子検査」は、2012年頃に一度廃止されましたが、近年の改革により「運動能力検査」として復活しました。
この検査は東京開催の本場所前(1月、5月、9月)に実施されることが多く、体格に恵まれない志望者にとっては唯一の入門ルートとなります。名称が「運動能力検査」に変更されたことで、単なる救済措置ではなく、アスリートとしての資質を問うポジティブな試験へと意味合いが変化しています。
年齢制限緩和への活用
運動能力検査のもう一つの重要な役割は、年齢制限の緩和条件としての機能です。2024年9月の規定改定により、23歳以上の志望者であっても、この検査に合格すれば25歳未満まで入門が認められるようになりました。
これにより、アマチュア相撲での顕著な実績がない社会人経験者や、他のスポーツから転向を目指す23歳以上の若者にも、実力次第でプロ入りの道が開かれたことになります。
検査当日の裏側と受検者が体験する緊張の瞬間
ニュース映像などで見かける新弟子検査ですが、実際に現場ではどのようなことが行われているのでしょうか。未来の関取たちが集う検査当日の雰囲気や、具体的なスケジュールの詳細を紹介します。
場所は主に東京の両国国技館内の施設で行われ、独特の緊張感と期待感が入り混じる空間となります。
両国国技館への集合と服装
検査当日の朝、志望者たちは師匠や兄弟子に引率されて両国国技館に集合します。服装に関する厳密な規定は公開されていませんが、多くの志望者は学生服やスーツ、あるいは着物姿で現れます。
受付を済ませた後は、検査着(Tシャツや短パン、または浴衣)に着替え、順番を待ちます。この待機時間には、同じ夢を持つ同期たちとの最初の交流が生まれることもあれば、緊張で言葉少なになる者もいます。
親方衆が見守る中での計測
身体測定の会場には、審判部の親方衆が立会い人としてズラリと並びます。テレビカメラや記者のフラッシュが焚かれる中、パンツ一丁になって身長計や体重計に乗るため、そのプレッシャーは相当なものです。
特に注目されるのは、体格が立派な大型新人や、話題性のある元アスリート、そして基準ギリギリの小兵力士たちです。計測数値が読み上げられるたびに、記者たちのペンが走り、会場内の空気が動きます。
検査終了後のちゃんこ体験
無事に検査と健康診断を終えた後は、相撲教習所や広間で「ちゃんこ」が振る舞われることが恒例となっています(感染症対策等で中止の場合あり)。これは相撲協会の粋な計らいであり、これから力士として生きていく若者たちへの最初の歓迎です。
先輩力士たちが作った本場のちゃんこを食べることで、プロの世界に入ったという実感が湧き、厳しい稽古へのモチベーションを高める重要な儀式とも言えるでしょう。
合格だけがゴールじゃない付出し制度と特例措置
新弟子検査は全員が同じスタートラインに立つわけではありません。学生相撲やアマチュア相撲で輝かしい実績を残したエリートには、「付出し(つけだし)」という飛び級制度が適用されます。
しかし、この制度も近年大きくルールが変更されました。ここでは最新の付出し制度と、外国人枠などの特例措置について解説します。
幕下最下位格と三段目最下位格
以前は「幕下10枚目格」「幕下15枚目格」という区分がありましたが、現在は廃止され、「幕下最下位格付出」と「三段目最下位格付出」の2つに再編・統一されました。
全日本相撲選手権大会(アマチュア横綱)優勝などの超高校級の実績を持つ者は幕下最下位格、全国大会ベスト8などの実績を持つ者は三段目最下位格からスタートできます。これにより、実力者は序ノ口や序二段の下積みをスキップし、早い段階で関取を狙える位置からキャリアを始められます。
高校生実績も対象に拡大
かつての付出し制度は主に大学生や社会人が対象でしたが、制度改革により高校生の大会実績も評価対象となりました。インターハイや国体少年の部で優勝・準優勝などの成績を収めた高校生も、三段目最下位格などの資格を得られる可能性があります。
これにより、高校卒業と同時にプロ入りする有力選手が、番付の下位で時間を浪費することなく、適正なレベルから競争に参加できるようになりました。
外国出身力士の興行ビザ
外国籍の志望者が新弟子検査を受ける場合、日本の在留資格(興行ビザ)の取得が必須となります。各相撲部屋には「外国出身力士は1部屋1名まで」という厳格な枠があるため、入門のハードルは日本人よりも遥かに高いのが現状です。
検査に合格してもビザの発給手続きが完了するまでは正式な力士として登録されず、番付に載るのも数ヶ月遅れることがあります。彼らは言葉や文化の壁を乗り越え、さらに狭き門をくぐり抜けて土俵に立っているのです。
新弟子検査にまつわる豆知識と伝説的エピソード
長い大相撲の歴史の中で、新弟子検査は数々のドラマや伝説を生み出してきました。現在では考えられないような涙ぐましい努力や、ルール変更のきっかけとなった出来事などが語り継がれています。
ここでは、相撲ファンの間で語り草となっている新弟子検査のトリビアや、過去に行われていた驚きの対策について紹介します。
舞の海が挑んだシリコン注入
新弟子検査の歴史で最も有名なエピソードの一つが、元小結・舞の海によるシリコン注入です。当時は身長基準が厳格で、身長が足りなかった彼は、頭皮の下にシリコンを入れて人工的に身長を高くし、検査をパスしました。
この命がけの荒業は大きな話題となりましたが、健康上のリスクが高いため、その後禁止されました。現在の体格基準撤廃の流れは、こうした過去の無理な対策を不要にするための進化とも言えます。
背伸びやコブでの計測対策
シリコン以外にも、かつての受検者たちは様々な方法で身長を伸ばそうと試みました。検査直前に頭を叩いてコブを作ったり、髪の毛を高く結い上げたり、中には計測の瞬間に背伸びを試みる者もいました。
現在では計測機器もデジタル化され、厳正に測定されるため、こうした小手先のテクニックは通用しません。しかし、それほどまでに「力士になりたい」という若者たちの情熱があったことの証明でもあります。
現代ではあり得ない珍事件
昭和の時代には、検査会場に手違いで他人が紛れ込んだり、年齢をごまかして受検しようとしたりといった珍事件もあったと言われています。また、あまりに緊張して血圧が上がりすぎて再検査になったり、採血で失神してしまう巨漢の若者がいたりと、人間味あふれるエピソードには事欠きません。
厳しいプロの世界の入り口である新弟子検査ですが、そこにはいつの時代も、夢を追う若者たちの悲喜こもごものドラマが詰まっているのです。
まとめ
大相撲の新弟子検査は、単なる身体測定の場ではなく、力士としての人生をスタートさせるための神聖な儀式です。近年の改革により、体格基準の事実上の撤廃や年齢制限の緩和が進み、情熱と才能を持つより多くの若者にチャンスが開かれるようになりました。
特に「運動能力検査」の活用や「付出し制度」の再編は、多様なバックグラウンドを持つ人材を受け入れるための重要な変化です。これから力士を目指す人は、最新の規定を正しく理解し、万全の準備で検査に挑むことが求められます。
ファンにとっても、新弟子検査の仕組みを知ることで、デビューしたばかりの力士たちへの注目度が変わるはずです。厳しい検査を突破し、前相撲で産声を上げた彼らが、数年後に幕内の土俵を沸かせるスターになるかもしれません。ぜひ、新弟子たちの挑戦に温かい声援を送ってみてください。


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