大相撲の話題でよく耳にする「相撲部屋」ですが、現在日本国内にいくつ存在しているのか正確な数字をご存じでしょうか。部屋の数は固定されているわけではなく、親方の独立や部屋の合併、閉鎖によって毎年少しずつ変動しています。この数字を知ることは、相撲界の勢力図や現状を理解するための第一歩となります。
この記事では、相撲部屋の最新の総数から一門ごとの内訳、所属力士の人数差までを詳しく解説します。これから相撲部屋の見学に行きたいと考えている方や、贔屓の部屋を見つけたい方にとって役立つ情報を整理しました。まずは、現在の相撲部屋の全体像から見ていきましょう。
- 現在の相撲部屋総数と最新トレンド
- 一門別の部屋数と勢力図の違い
- 所属力士が多い部屋と少ない部屋の実態
相撲部屋の数と最新の基礎知識
日本相撲協会に所属する相撲部屋の数は、2025年の時点で約45部屋となっており、この数字は近年ほぼ横ばいで推移しています。かつては50を超える部屋が存在した時期もありましたが、師匠の定年や部屋の合併などを経て、現在の数に落ち着きました。ここでは、相撲部屋の数の数え方や、数字に含まれる背景知識について基本的な部分を解説していきます。
相撲部屋の数は単なる数字ではなく、相撲界のエコシステムそのものを表しており、その増減には協会の運営方針が色濃く反映されています。新しく部屋を興すための条件が厳格化されたことや、少子化による新弟子検査受検者の減少などが、部屋数の増加を抑制する要因となりました。まずは、現在の正確な部屋数とその内訳について、詳細なデータを見ていきましょう。
現在の相撲部屋総数と内訳
最新のデータによると、相撲部屋の総数は45部屋前後で推移しており、これは全盛期に比べるとやや減少傾向にあります。部屋の創設や閉鎖は頻繁に起こるものではありませんが、1年単位で見ると1つか2つの増減が発生することは珍しくありません。例えば、既存の部屋から独立して新しい部屋ができるケースや、師匠の不祥事や定年により部屋が閉鎖されるケースがあります。この45という数字は、現在の力士数約600名を受け入れるための受け皿として、適正な規模であると判断されています。ただし、部屋ごとの規模には大きなばらつきがあり、全ての部屋が均一な力士数を抱えているわけではない点に注意が必要です。今後も劇的な増加は見込まれず、現状維持または微減のトレンドが続くと予想されます。
部屋数の増減トレンドと背景
相撲部屋の数は、昭和から平成、令和へと時代が移り変わる中で、社会情勢や相撲人気の影響を受けながら変化してきました。特に平成中期以降は、若貴ブームの影響で部屋数が増加した時期もありましたが、その後は緩やかな減少傾向に転じています。この背景には、部屋を運営するための経済的な負担増や、後継者となる親方の不足といった構造的な問題が存在しています。また、相撲協会が部屋の新設条件として、師匠となる親方の現役時代の成績や指導歴を厳しく審査するようになったことも影響しています。無秩序な部屋の乱立を防ぎ、力士の指導環境や生活環境を一定水準以上に保つことが、現在の施策の狙いです。これからの部屋数は、量より質を重視する方向で推移していくと考えられます。
一門制度と部屋数の関係性
相撲界には「一門」と呼ばれる派閥のようなグループが存在し、すべての相撲部屋はいずれかの一門に所属しています。現在の一門は、出羽海、二所ノ関、高砂、時津風、伊勢ヶ濱の5つであり、それぞれのグループ内で部屋同士の協力関係が築かれています。部屋の数は一門ごとに大きく異なり、最大勢力である出羽海一門や二所ノ関一門は多くの部屋を抱えています。一方で、高砂一門や伊勢ヶ濱一門などは比較的部屋数が少なく、少数精鋭の体制をとっている傾向が見られます。部屋の新設や閉鎖があった場合でも、基本的には同じ一門内で力士や親方が移動することが多いため、一門の枠組みは維持されます。この一門制度を理解することで、部屋ごとのつながりや力士の移籍情報の意味がより深く分かるようになります。
部屋ごとの力士在籍数の平均
45ある相撲部屋に所属する力士の総数を部屋数で割ると、1部屋あたりの平均在籍数は約13名から14名となります。しかし、これはあくまで平均値であり、実際には30名以上の力士を抱える大部屋から、数名しかいない小部屋まで様々です。力士の人数は、その部屋の活気や稽古の激しさ、さらにはちゃんこ番などの役割分担にも直結する重要な要素です。平均的な規模の部屋では、十両や幕下の上位を目指す若手が切磋琢磨しつつ、アットホームな雰囲気も残していることが多いです。逆に見学に行く際は、在籍数が極端に少ない部屋だと稽古の迫力が伝わりにくい場合があるため、事前に確認が必要です。平均値を知ることで、その部屋が大規模なのか小規模なのかを判断する基準を持つことができます。
部屋の規模による特徴の違い
相撲部屋の規模は単なる人数の違いだけでなく、部屋の運営方針や力士の育成環境にも大きな違いをもたらします。大規模な部屋では、関取(十両以上の力士)が複数名在籍していることが多く、若手力士にとっては最高の手本が身近にいる環境となります。一方で、小規模な部屋は師匠と弟子の距離が近く、一人ひとりに対してきめ細やかな指導が行き届きやすいというメリットがあります。食事や生活の面でも、大部屋は規律や上下関係が厳格になりがちですが、小部屋では比較的融通が利く場合もあります。どちらが良い悪いではなく、力士の性格や目指す相撲スタイルによって、適した環境は異なります。ファンとして部屋を応援する際も、こうした規模による「部屋のカラー」の違いを楽しむことができます。
一門別に見る相撲部屋の分布状況
相撲部屋の数を語る上で欠かせないのが、5つある「一門」ごとの分布バランスであり、それぞれの勢力には明確な特徴があります。歴史ある出羽海一門や二所ノ関一門が多くの部屋を擁する一方で、他の3つの一門は独自の結束力で対抗しています。ここでは、各一門に所属する部屋数の概況と、それぞれのグループが持つカラーについて掘り下げていきます。
一門ごとの部屋数を知ることは、本場所での取組編成や巡業の運営体制、さらには理事選の動向などを理解する助けになります。最大勢力がどこにあるのか、あるいは新興勢力がどのように台頭しているのかを把握することで、相撲観戦の視点が一層広がります。それでは、主要な一門ごとの具体的な部屋数と現状について見ていきましょう。
出羽海一門の部屋数と特徴
出羽海一門は相撲界で最も長い歴史と伝統を誇る名門であり、現在も最も多くの相撲部屋を抱える最大勢力の一つです。一門内には本家である出羽海部屋をはじめ、春日野部屋、境川部屋、玉ノ井部屋など、数多くの有力部屋が名を連ねています。所属する部屋が多いことから、一門連合稽古などの規模も大きく、関取同士の激しい申し合いが見られるのが特徴です。また、協会の要職に就く親方も多く輩出しており、相撲界の運営において中心的な役割を果たしています。歴史的な経緯から保守的な側面もありますが、組織力と結束力の高さは他の追随を許しません。多くの部屋が集まることで、多様な力士が育つ土壌が整っており、常に幕内上位に力士を送り出しています。
二所ノ関一門の勢力と現状
二所ノ関一門は出羽海一門と並ぶ二大勢力の一つであり、かつての貴乃花一門の解散に伴う合流なども経て、現在は非常に多くの部屋を擁しています。佐渡ヶ嶽部屋、芝田山部屋、片男波部屋などが所属しており、近年では元横綱稀勢の里が率いる二所ノ関部屋が新設され、大きな注目を集めました。この一門は比較的自由な気風があるとされ、個性豊かな親方や力士が多く所属していることでも知られています。部屋数が多いため、一門内での競争も激しく、それが結果として大関や横綱候補の育成につながっています。また、茨城県などの地方に大規模な施設を構える部屋も増えており、新しい時代の相撲部屋運営を模索する動きも見られます。
高砂・伊勢ヶ濱・時津風一門
高砂、伊勢ヶ濱、時津風の3つの一門は、部屋数こそ二大勢力には及びませんが、それぞれが独自の伝統と強烈な個性を持っています。高砂一門は高砂部屋や九重部屋など名門揃いで、数は少なくとも横綱や大関を輩出してきた実績があります。伊勢ヶ濱一門は、照ノ富士を擁する伊勢ヶ濱部屋を中心に少数精鋭の体制をとっており、非常に厳しい稽古で知られています。時津風一門は、双葉山の流れを汲む時津風部屋をはじめ、荒汐部屋や追手風部屋など、近年人気を集める部屋が多く所属しています。これらの小規模一門は、結束を固めることで組織票をまとめたり、合同稽古で質を高めたりして、大勢力に対抗しています。
力士数が多い部屋と少ない部屋の実態
相撲部屋の数は45前後ですが、そこに所属する力士の人数分布を見ると、極端な二極化が進んでいることが分かります。30人を超える大所帯で運営される部屋がある一方で、片手で数えられるほどの人数しかいない部屋も珍しくありません。ここでは、人数の多寡が部屋の運営や力士の生活、そして見学時の印象にどのような影響を与えるかを解説します。
力士数が多い部屋は活気があり競争も激しいですが、少ない部屋にはアットホームで親密な空気があり、それぞれに良さがあります。これから力士を目指す若者にとっても、ファンとして応援する側にとっても、この規模感の違いは重要なポイントになります。具体的な部屋名を挙げながら、大規模部屋と小規模部屋それぞれの実情に迫ります。
所属力士が多い大規模部屋
現在、所属力士数が30名から40名近くに達する大規模な部屋として、木瀬部屋、佐渡ヶ嶽部屋、二所ノ関部屋などが挙げられます。こうした部屋では、ちゃんこの量も洗濯物の量も膨大であり、部屋の運営自体が組織化されたシステムのように機能しています。稽古場では、同じくらいの番付の力士が多数いるため、常に実戦形式の充実した稽古ができる環境が整っています。一方で、兄弟子が多いために新弟子の雑用負担が大きかったり、師匠と直接会話する機会が限られたりする側面もあります。見学に行くと、土俵周りに力士が溢れかえる様子は圧巻で、大相撲の迫力を肌で感じることができるでしょう。
少人数で運営する小規模部屋
対照的に、所属力士が数名から10名未満という小規模な部屋も複数存在しており、これらは独立して間もない部屋や、後継者育成中の部屋に多く見られます。小規模部屋の最大の特徴は、師匠やおかみさんと弟子たちの距離が非常に近く、家族のような一体感があることです。稽古では人数が少ないため、待ち時間が少なく、一人ひとりが土俵に上がる時間を長く確保できるメリットがあります。しかし、多様なタイプの相手と稽古することが難しいため、出稽古などで他部屋へ通って実力を磨く必要があります。ファンにとっては、力士全員の顔と名前を覚えやすく、成長を身近に感じながら応援できるのが魅力です。
人数の違いが稽古に与える影響
部屋の人数は、日々の稽古の質と内容に決定的な影響を与え、それが力士の成長速度や怪我のリスクにも関わってきます。人数が多い部屋では、申し合い稽古(勝ち残り戦)に参加するために激しい競争があり、土俵に上がるだけでも闘争心が必要です。逆に人数が少ないと、特定の相手と何度も続けて取ることになり、相手の癖を知り尽くした上での深い攻防が生まれます。どちらの環境が適しているかは力士の資質によりますが、一般的には若手のうちは人数が多い環境で揉まれる方が伸びると言われています。見学の際は、人数の多さによる熱気だけでなく、少人数ならではの密度の高い指導風景にも注目してみると面白いでしょう。
過去から現在までの部屋数の推移
相撲部屋の数は時代とともに変動を繰り返してきましたが、長い歴史の中でどのような変遷を辿ってきたのでしょうか。かつては独立が比較的容易だった時代もありましたが、現在は協会の規定により新規開設のハードルが高くなっています。ここでは、過去数十年の部屋数の推移と、その背景にある制度変更や社会的な事情について解説します。
部屋の数が増えたり減ったりする背景には、単なる数字の変化以上のドラマや、相撲界が直面している課題が隠されています。合併や閉鎖といったニュースはファンにとって寂しいものですが、それは組織の新陳代謝として必要なプロセスでもあります。歴史的な流れを知ることで、現在の45という数字が持つ意味をより深く理解しましょう。
昭和から平成にかけての変遷
昭和の高度経済成長期からバブル期にかけて、相撲人気の上昇とともに部屋数も徐々に増加し、地方出身の若者が数多く入門しました。特に平成初期の「若貴ブーム」の頃には、入門希望者が殺到し、それを受け入れるために新しい部屋が次々と誕生しました。当時は50以上の部屋が乱立し、相撲界全体が拡大基調にあった時代といえます。しかし、バブル崩壊後の不況や少子化の影響を受け、平成後期に入ると入門者数は減少に転じ始めました。これに伴い、経営が立ち行かなくなる部屋や、後継者不在で閉鎖を選択する部屋が出始め、増加トレンドは終息しました。
合併や閉鎖が起きる主な理由
相撲部屋が合併や閉鎖に至る最大の理由は、師匠(親方)の定年退職に伴い、部屋を継承する資格を持つ後継者が見つからないことです。日本相撲協会の規定では、部屋持ち親方になるためには現役時代に一定の成績(三役以上など)を残している必要があり、条件を満たす人材は限られています。また、近年では部屋運営の経費増大や、師匠の不祥事による処分として部屋が一時閉鎖されるケースも見受けられます。合併する場合は、同じ一門内の別の部屋に力士や行司などの裏方全員が移籍する形が一般的です。こうした再編は、力士たちにとっては環境が激変する試練となりますが、新たな稽古相手との出会いというプラス面もあります。
新規に部屋を興す条件の厳格化
現在、新しく相撲部屋を興すためには、相撲協会が定めた非常に厳しい条件をクリアしなければならず、誰でも簡単に独立できるわけではありません。独立を目指す親方は、年寄名跡を取得していることはもちろん、現役時代の最高位や在位場所数などの実績基準を満たす必要があります。さらに、独立時に連れて行く弟子の人数や、稽古場や住居となる施設の確保など、運営基盤が整っているかどうかも厳格に審査されます。この厳格化の背景には、経営基盤の弱い小規模部屋の乱立を防ぎ、力士の処遇や指導環境を守ろうとする協会の意図があります。結果として、部屋数は無闇に増えることなく、一定の水準を保った部屋のみが存続する形になっています。
相撲部屋の所在地と地域別の数
相撲部屋の多くは東京に集中していますが、その詳細な分布を見ると、特定のエリアに密集していることが分かります。また、近年では稽古環境の充実や地域貢献を目的として、東京近郊の県へ移転する部屋も増えてきました。最後に、相撲部屋の地理的な分布状況と、なぜその場所に部屋を構えるのかという理由について解説します。
見学や部屋巡りをする際には、どのエリアにどの部屋があるかを知っておくと、効率よく回ることができます。伝統的な両国エリアだけでなく、新しい相撲の聖地となりつつある郊外エリアにも注目が集まっています。地域ごとの特徴と、それぞれの場所に根付く部屋の姿を見ていきましょう。
東京の両国周辺に集中する理由
相撲部屋が最も多く集まっているのは、やはり国技館がある東京都墨田区の両国周辺であり、ここには相撲の歴史と伝統が息づいています。本場所が開催される国技館へのアクセスが良いことはもちろん、相撲診療所や教習所といった関連施設も近くにあり、力士にとって生活しやすい環境が整っています。また、古くからの相撲ファンや後援者がこの地域に多く住んでおり、地域全体で力士を応援する文化が根付いています。散歩をしていると浴衣姿の力士に遭遇することも日常茶飯事で、まさに「相撲の街」としての風情を感じられます。両国だけでなく、隣接する江東区や江戸川区にも多くの部屋が点在し、一大相撲エリアを形成しています。
地方場所における宿舎の数
普段は東京周辺に拠点を置く相撲部屋も、大阪、名古屋、福岡で開催される地方場所の期間中は、それぞれの地域に宿舎を構えます。これらの宿舎は、寺社仏閣や企業の倉庫、地域の体育館などを一時的に借り上げて土俵を作り、力士たちが寝泊まりする拠点となります。宿舎の数は部屋の数と同じだけ各地に設置されるため、地方場所の時期にはその地域が「臨時の相撲部屋街」となります。地域住民にとっては、普段テレビでしか見られない力士と触れ合える貴重な機会であり、朝稽古の見学が開放されることも多いです。宿舎の場所は毎年ほぼ固定されていることが多いですが、事情により変更されることもあるため、事前の情報収集が必要です。
埼玉や千葉など近郊への移転
近年、東京都心の地価高騰や、より広大で充実した稽古施設を求めて、埼玉県や千葉県、茨城県などの郊外へ部屋を移転する動きが加速しています。例えば、二所ノ関部屋が茨城県に東京ドーム級の巨大施設を建設したように、郊外ならではの広さを活かしたトレーニング環境の整備が進んでいます。また、都心から離れることで、相撲に集中できる静かな環境を確保できるというメリットも重視されています。これにより、従来は相撲部屋と縁が薄かった地域にも新しいファン層が生まれ、地域活性化に貢献する事例も増えています。今後は、「両国一極集中」から「首都圏分散型」へと、部屋の立地トレンドがさらに変化していく可能性があります。
まとめ
現在の相撲部屋の数は約45部屋で推移しており、一門ごとの勢力図や部屋の規模には大きな多様性があることが分かりました。最大勢力である出羽海一門や二所ノ関一門が多くの部屋を抱える一方で、小規模な一門や部屋も独自の魅力を放っています。また、部屋の立地も両国中心から郊外へと広がりを見せており、相撲界全体の環境も時代とともに変化し続けています。
相撲部屋の数や分布を知ることは、大相撲をより深く、多角的に楽しむための視点を与えてくれます。もし特定の部屋に見学へ行きたい場合は、その部屋がどの一門に属し、どのくらいの規模なのかを事前に調べておくと、現地の雰囲気がより理解しやすくなるでしょう。ぜひこの記事を参考に、お気に入りの部屋を見つけて、力士たちの成長を応援してみてください。
| 一門名 | 特徴 | 主な所属部屋 |
|---|---|---|
| 出羽海一門 | 最多部屋数を誇る名門 | 出羽海、春日野、境川 |
| 二所ノ関一門 | 個性派が多く自由な気風 | 佐渡ヶ嶽、二所ノ関、芝田山 |
| 高砂一門 | 伝統と実績の少数精鋭 | 高砂、九重、八角 |


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