大相撲の取組で力士が勝利し、行司から懸賞金を受け取る際に見せる「手刀を切る」という動作をご存知でしょうか。多くの相撲ファンや視聴者の間では、この動きが「心」という漢字を空中に書いていると信じられていますが、実はその認識は正確ではありません。あの厳かな所作には、単なる文字以上の深い宗教的な意味と、五穀豊穣を願う感謝の念が込められているのです。
この記事では、手刀に隠された本来の意味や正しい作法、そしてなぜ「心」という説が広まったのかという歴史的背景について詳しく解説します。相撲は単なるスポーツではなく神事としての側面を色濃く残しており、その一つ一つの動作には日本古来の精神が宿っていることに気づくでしょう。明日からの相撲観戦がより味わい深く、知的なものへと変わる知識をお届けします。
- 手刀が「心」という字ではない理由と真実
- 左右中の動きに込められた三神への感謝
- 昭和の名力士たちが築き上げた作法の歴史
- 相撲通なら知っておきたい正しい観戦ポイント
相撲の手刀は心という字ではない?懸賞金を受け取る作法の真実
大相撲中継を見ていると、勝った力士が軍配の上で手を動かし、懸賞金を受け取るシーンが頻繁に映し出されます。多くの人がこの「手刀を切る」動作を見て、力士は感謝を込めて「心」という文字を描いているのだと解釈しているのが現状です。しかし、日本相撲協会が定めている現在の公式な見解や指導において、この動作は文字を書いているわけではありません。
実際には「左・右・中」という順番で手を動かすことが正式なルールとして定められており、これは特定の神々への感謝を表す宗教的な所作なのです。かつては個々の力士によって動作が異なっていた時代もありましたが、現在は統一された作法が存在しています。まずは、長年信じられてきた「心」説の誤解を解き、現代の大相撲における正しい手刀の意味を理解しましょう。
「心」という字を書く説の誤解と真実
古くから相撲ファンの間では、懸賞金を受け取る際の手刀は「心」という字を書いているという説が定説のように語られてきました。これは昭和の大横綱である双葉山が、実際に「心」という字を描くように手刀を切っていたことに由来すると言われています。彼の影響力は凄まじく、その美しい所作が多くの力士やファンの模範となり、いつしか「手刀=心」という認識が一般化していったのです。
しかし、これはあくまで双葉山個人の流儀や精神性の表れであり、相撲界全体の統一されたルールであったわけではありません。他の力士の中には異なる動きをする者もいましたし、そもそも手刀を切らない力士も存在していました。現在では、この「心」説は素敵なエピソードとして語り継がれていますが、公式な作法の説明としては正解ではないとされています。
現代の力士たちは、新弟子の頃から教習所などで「心」ではなく「左右中」の順で切るように指導を受けています。そのため、現在土俵上で見られる手刀は、文字を描く動作とは根本的に異なる意味合いを持っているのです。観戦する際は「心」という字を探すのではなく、リズミカルな三方向への動きに注目してみてください。
現在の公式ルールは「左・右・中」の順番
現在の大相撲において、懸賞金を受け取る際の手刀は「左・右・中」の順番で切ることが厳格に定められています。勝ち名乗りを受けた力士は、蹲踞(そんきょ)の姿勢で軍配に向かって手を伸ばし、まずは左、次に右、最後に真ん中へと手を動かします。この一連の動作は非常にスピーディーに行われるため、注意深く見ていないと見逃してしまうかもしれません。
この「左・右・中」という順番には、それぞれに意味があり、単に手を振っているだけではない重要な儀式です。行司が差し出す軍配の上で行われるこの所作は、勝者が賞金を受け取る前の「清め」や「感謝」の儀式としても機能しています。力士によっては動作の大きさやスピードに個性が出ますが、基本となるこの順番は決して崩してはならないものです。
もしテレビや現地で観戦する機会があれば、力士の手の動きをスロー再生するような気持ちで目で追ってみてください。ベテランの力士ほど、この「左・右・中」の動きが滑らかで美しく、無駄のない所作になっていることに気づくはずです。この基本ルールを知っているだけで、取組後の余韻をより深く楽しむことができるようになります。
昭和41年の規則化と統一された背景
手刀の切り方が「左・右・中」として正式に明文化され、全親方や力士に通達されたのは昭和41年(1966年)のことです。それ以前は力士によってやり方がまちまちで、手刀を切る者もいれば切らない者もいるという、統一感のない状態が続いていました。特に懸賞金の数が増えるにつれて、受け取り時の作法を美しく整える必要性が高まってきたという背景があります。
当時の日本相撲協会は、伝統文化としての相撲の品格を保つため、バラバラだった所作を統一することに乗り出しました。そこで採用されたのが、古来の礼法に基づいた「左・右・中」という切り方であり、これが現代まで続くスタンダードとなったのです。この規則化によって、懸賞金の受け取りは単なる事務的な授受から、観客を魅了する様式美へと昇華されました。
規則化された当初は戸惑う力士もいたかもしれませんが、現在ではこの作法が完全に定着し、相撲の美学の一部となっています。昭和41年という転換点を知ることで、私たちは現在見ている相撲が、長い歴史の中で洗練され整えられてきたものであると実感できます。伝統とは、守るべき本質を残しながら、時代に合わせて形式を整えていく営みそのものなのです。
「左・右・中」と「中・右・左」の違い
基本的には「左・右・中」が現在の正解とされていますが、過去の文献や一部の流派では「中・右・左」などの異なる説が存在することもあります。これは、神棚への拝礼や玉串奉奠(たまぐしほうてん)などの神道儀礼において、作法が神社や地域によって微妙に異なることと似ています。しかし、相撲協会としての公式見解はあくまで「左・右・中」であり、これが絶対的な基準です。
一部の解説書や古い資料には、東方力士と西方力士で切り方を変えるべきだという記述が見られることもあります。例えば、東方は「中・右・左」、西方は「中・左・右」といった具合に、方角によって作法を対にする考え方です。しかし、現在の本場所の土俵上ではそのような使い分けは行われておらず、東西どちらの力士も同じ順序で行っています。
このように、伝統文化には諸説や変遷があり、時代とともに最も理に適った形や美しい形へと集約されていく傾向があります。現在私たちが目にしている「左・右・中」は、多くの先人たちが試行錯誤の末にたどり着いた、最も相撲にふさわしい完成形と言えるでしょう。細かい説の違いに惑わされず、現在の力士が実践している生きた伝統を尊重することが大切です。
手刀を切らない場合の例外的な状況
原則として懸賞金がかかった一番の勝者は手刀を切りますが、稀に手刀を切らない、あるいは切れない状況が発生することがあります。例えば、勝負が決した後に力士が怪我をしてしまい、自力で起き上がれない場合や、不戦勝で土俵に上がらない場合などです。このような緊急時や例外的なケースでは、代理の力士が賞金を受け取ることもあり、その際の作法も通常とは異なります。
また、懸賞金がかかっていない平幕の取組や、序ノ口から十両までの取組では、そもそも懸賞金が出ないため手刀を切る場面はありません。手刀はあくまで「懸賞金を受け取るための儀礼」であるため、賞金が発生しない勝利においては行われないのです。つまり、手刀を見ることができるのは、幕内以上の人気力士や注目の一番に限られるというわけです。
さらに、審判団からの物言いがつき、協議の結果として勝敗が確定した場合などは、タイミングが通常と異なるため、所作が簡略化されることもあります。しかし、基本的にはどのような状況であっても、懸賞金を受け取るという行為が発生する限り、礼節を尽くす姿勢は変わりません。例外を知ることで、通常の手刀がいかに特別な瞬間の証であるかが際立ちます。
手刀の歴史と変遷|なぜ懸賞金に手刀を切るようになったのか
手刀の作法が現在のように定着するまでには、長い歴史と多くの力士たちの影響がありました。江戸時代から続く相撲の歴史の中で、勝者が報酬を受け取る際の作法は徐々に形作られてきましたが、今の形式が確立されたのは比較的近代のことです。そこには、相撲を単なる興行から崇高な神事へと高めようとした先人たちの意志が強く反映されています。
特に昭和期における名力士たちの振る舞いは、今日の手刀の形に決定的な影響を与えました。彼らが土俵上で見せた品格ある態度は、後輩力士たちの憧れとなり、やがてそれが不文律から明文化されたルールへと進化していったのです。ここでは、手刀という動作がどのようにして生まれ、現代のような形に定着したのか、その歴史的な変遷を紐解いていきます。
懸賞金制度の始まりと手刀の定着
大相撲における懸賞金の制度自体は、戦後の高度経済成長期に大きく発展しましたが、その原型は江戸時代にまで遡ることができます。当時は贔屓(ひいき)の客が着物や金品を土俵に投げ入れる「投げ纏頭(はな)」という習慣がありましたが、これが禁止された後に現在の懸賞金制度へと整備されました。制度が整うにつれて、金品を受け取る際の礼儀も重要視されるようになったのです。
手刀を切るという行為自体は、もともと武士が刀を受け取る際や、神前で物を拝領する際に行っていた礼法がルーツとされています。力士たちはこの武家社会の礼法を取り入れ、土俵という神聖な場所で金品を受け取る際の穢れを払う意味を込めました。つまり、手刀は単なる受け取りのサインではなく、金銭という世俗的なものを神聖な土俵上で扱うための結界のような役割を果たしていたのです。
時が経つにつれ、懸賞金の本数が増え、企業の宣伝としての側面が強くなっても、この精神性は失われませんでした。むしろ、商業的な色合いが濃くなる現代だからこそ、手刀という古風な儀式が一層の重みを持って受け継がれていると言えます。この歴史を知ると、懸賞金の垂れ幕が回る華やかな光景の中にも、厳粛な伝統が息づいていることを感じられます。
名寄岩と双葉山が残した大きな影響
今日の手刀の作法を語る上で欠かせないのが、昭和の名大関である名寄岩(なよろいわ)の存在です。彼は「怒り金時」の異名を取るほど気迫あふれる力士でしたが、礼儀作法に関しては非常に厳格で、現在の「左・右・中」の切り方を熱心に実践し広めた人物とされています。彼がこの作法に込めた意味と美しい型が、後の規則化の際の大きな指針となりました。
一方で、昭和の大横綱である双葉山は、前述の通り「心」の字を書くような独特の手刀で知られていました。双葉山は「相撲は道である」という信念を持ち、その精神性を「心」という文字に託して表現していたと言われています。彼のカリスマ性と相まって、この「心」の手刀は多くの人々に強い印象を与え、現在でも「手刀=心」という伝説が根強く残る原因となりました。
この二人の偉大な力士は、それぞれ異なるアプローチで「土俵上の礼節」を追求しました。名寄岩が形式としての正しさを、双葉山が精神的な深さを体現したことで、相撲の手刀は単なる動作を超えた文化的な深みを持つようになったのです。彼らの姿勢は、形は違えど「神への感謝」と「自己の修練」という点では共通しており、今の力士たちにもその精神は受け継がれています。
軍配と手刀の関係性と意味
手刀を切る際、力士の視線の先には常に行司が持つ軍配があります。軍配は勝負を判定する道具であると同時に、神意を示す神聖な依代(よりしろ)としての性格も帯びています。したがって、軍配の上で手刀を切るという行為は、行司を通して神に対して敬意を払い、その判定と結果を謹んで受け入れるという誓いの儀式でもあるのです。
行司が懸賞金を軍配に乗せて差し出すのも、金銭を直接手渡しすることを避けるための配慮であり作法です。これに対し力士が手刀を切ることで、両者の間に礼節のキャッチボールが成立し、金銭の授受が清浄な行為へと昇華されます。軍配と手刀が交差するその一瞬には、勝負の喧騒を離れた静謐なコミュニケーションが存在しているのです。
また、この動作は「断つ」という意味も持ち合わせており、勝負への執着や邪念を断ち切るという意味合いも含まれていると解釈できます。勝利の喜びに浸るだけでなく、己を律し、次への精進を誓う場として、軍配の前の手刀は機能しています。道具と動作の一つ一つに意味があることを知れば、行司と力士のやり取りがよりドラマチックに見えてくるでしょう。
三柱の神とは|手刀が示す相撲の宗教的背景
先述した通り、手刀の「左・右・中」は、三柱の神々への感謝を表しています。この三柱の神とは、日本神話における「造化三神(ぞうかさんしん)」を指しており、万物の生成や生命の根源を司る非常に格の高い神様たちです。相撲が単なる格闘技ではなく、五穀豊穣を願う神事として発展してきた歴史が、この手刀の対象となる神々の選定に色濃く反映されています。
具体的には、左が「神産巣日神(かみむすびのかみ)」、右が「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」、そして中央が「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」に対応しているとされています。これらは天地開闢(てんちかいびゃく)の際に現れた神々であり、宇宙や自然界のエネルギーそのものを象徴する存在です。ここでは、それぞれの神様が相撲とどのように関わっているのかを深掘りします。
造化三神への感謝の意
相撲の手刀が対象とする造化三神は、日本の神々の中でも別格の存在として扱われています。天御中主神は宇宙の中心に座する神、高御産巣日神と神産巣日神は生成と創造の力を司る神とされ、これら三柱で世界の調和が保たれていると考えられています。力士は勝利という結果を自分の力だけで得たとは考えず、これら宇宙の根源的な力のおかげであるとして感謝を捧げるのです。
特に「産巣日(むすび)」という言葉には、万物を生み出し結びつけるという意味があり、これは「結びの一番」など相撲用語にも通じる概念です。力士たちが肉体をぶつけ合い、エネルギーを交換する相撲は、まさにこの「むすび」の力を活性化させる儀式とも言えます。手刀を通して三神に感謝することは、この神聖なエネルギーの循環を完結させる重要なプロセスなのです。
現代の力士たちがどこまで詳細にこの神話を意識しているかは定かではありませんが、型として継承されることで、その精神性は脈々と守られています。観客としても、手刀の瞬間に「宇宙の神々への挨拶」が行われていると想像すると、土俵という空間の広がりをより強く感じることができます。小さな動作の中に、壮大な神話の世界が凝縮されているのです。
五穀豊穣と相撲の深い関わり
相撲の起源は、その年の農作物の収穫を占う農耕儀礼にあったとされています。勝敗によって豊作や凶作を占ったり、力強い四股(しこ)で大地の邪気を払って豊作を祈願したりすることが、相撲の本来の目的でした。そのため、手刀で感謝を捧げる三神は「五穀の守り神」としての側面も強く持っており、勝利はそのまま神への奉納となります。
「左・右・中」の手刀は、天・地・人の調和や、春・夏・秋の季節の巡りを象徴しているとも解釈されます。これらが順調に巡ることで作物が実り、人々の生活が豊かになることを、力士は勝利を通じて祈っているのです。つまり、懸賞金を受け取るという私的な行為の裏側には、公的な「世の中の安寧」を願う祈りが隠されていると言えるでしょう。
土俵の上が砂で覆われているのも、土俵の屋根が神明造りであるのも、すべてはこの農耕神事としてのルーツに基づいています。手刀はその象徴的な仕上げとして機能しており、スポーツとしての勝敗を超えた価値を相撲に付与しています。五穀豊穣への感謝という視点を持つと、力士の姿が豊作をもたらす英雄のように見えてくるかもしれません。
土俵上の神聖さと礼節の重要性
土俵は単なる試合会場ではなく、神が降り立つ神聖な結界であるとされています。そのため、土俵上での振る舞いには極めて厳格な礼節が求められ、手刀もその一環として重要視されます。勝利して喜びを爆発させるのではなく、感情を抑えて静かに手刀を切る姿は「勝って驕らず」という日本の武道精神と、神前での慎みを体現したものです。
手刀を切る前に蹲踞(そんきょ)の姿勢をとることも、相手と神に対する敬意の表れです。身体を低くし、心を鎮めてから手刀を切ることで、激しい闘争から静寂なる神事へとモードを切り替えています。この「静と動」のコントラストこそが大相撲の魅力であり、礼節が守られているからこそ、暴力的なぶつかり合いが崇高なものとして成立するのです。
近年では外国人行司や力士の活躍も目立ちますが、彼らもまた日本の伝統的な礼節を学び、忠実に実践しています。国籍や文化を超えて、土俵という聖域のルールが守られていることは、相撲という文化の懐の深さを示しています。神聖な場所での礼儀作法の一つとして手刀を捉え直すと、その一挙手一投足に込められた品格に改めて感動を覚えるでしょう。
間違いやすい手刀の作法|力士によって癖はあるのか
手刀の基本は「左・右・中」ですが、人間が行う動作である以上、力士によって多少の癖や違いが生じることは避けられません。また、新人力士などは緊張のあまり手順を間違えてしまったり、動作がぎこちなくなってしまったりすることもあります。ここでは、よくある間違いや力士ごとの個性の違い、そして指導の現場でどのような教育が行われているのかについて解説します。
ベテラン力士の流れるような手刀と、若手力士の初々しい手刀を見比べるのも相撲観戦の楽しみの一つです。また、稀に見られるハプニングや、個性的な所作が話題になることもあります。完璧な作法を知っているからこそ分かる「ズレ」や「味」を楽しむための視点を提供します。
新人力士が指導される正しい形
相撲教習所では、新弟子たちに対して実技だけでなく、相撲の歴史や礼儀作法についての講義も行われます。手刀に関しても、ここで徹底的に「左・右・中」の基本形が叩き込まれます。指先を揃えて真っ直ぐに伸ばすこと、肘を適度に曲げてコンパクトに動かすことなど、美しく見えるための細かな指導がなされるのです。
しかし、実際に土俵の上で懸賞金を受け取る機会は、幕内や十両に上がって活躍しなければ訪れません。そのため、教習所で習ってから実際に披露するまでに数年のタイムラグがあることも珍しくなく、いざその時になると緊張で忘れてしまう力士もいます。初めて懸賞金を手にした若手力士が、ぎこちなく手刀を切る姿は、ファンの間では微笑ましい光景として見守られています。
正しい形を身につけることは、単にルールを守るだけでなく、力士としての格を高めることにも繋がります。美しい所作は観客に安心感を与え、風格を感じさせる要素となるからです。将来の横綱・大関候補たちが、どのように基本を忠実に守っているか、あるいは独自のアレンジを加えようとしているかを見ることは、成長を見守る楽しみと言えるでしょう。
ベテラン力士の所作と個性
長く土俵を務めるベテラン力士になると、手刀の動作にもその人なりの「味」や「省略」が出てくることがあります。基本の「左・右・中」は守りつつも、動きが極端に速かったり、逆に溜めを作ってゆっくり行ったりと、リズムに個性が表れるのです。中には、指先をピシリと揃える几帳面な力士もいれば、豪快に手を振る力士もいます。
特に横綱や大関クラスになると、その所作一つで会場の空気を引き締めるほどのオーラを放ちます。彼らの手刀は無駄な力が抜けており、自然体でありながら厳かさを感じさせるものです。ファンの間では「〇〇関の手刀は美しい」「〇〇関はいつもあっさりしている」といった話題で盛り上がることもあり、手刀は力士のキャラクターを表す一部となっています。
ただし、あまりに崩しすぎたり、雑になったりすると、親方衆や相撲協会から注意を受けることもあります。個性は認められつつも、伝統的な礼節の枠組みからは外れないように自制することが求められるのが大相撲の世界です。この「守破離」のバランスの中で、各力士がどのように自己表現しているかに注目すると、より深い人間ドラマが見えてきます。
手刀を忘れたり間違えたりした場合
人間ですので、時には手刀を切る順番を間違えたり、極度の興奮状態で手刀を切ること自体を忘れて懸賞金を受け取ろうとしてしまったりするハプニングも起こります。特に初優勝がかかった一番や、大物食いを果たした直後などは、頭が真っ白になってしまうこともあるようです。そうした場合、行司が小声で教えたり、目で合図を送ったりしてフォローすることがあります。
間違えてしまったからといって、試合の勝敗が覆るようなペナルティはありませんが、後で親方から厳しく指導されることはあるでしょう。また、相撲ファンは意外と細かい所作を見ているため、SNSなどで「今、手刀間違えた?」と指摘されることもあります。力士にとっては冷や汗もののミスですが、観客にとってはレアな場面に遭遇したとも言えます。
逆に言えば、それだけ手刀という動作が力士の身体に染み付いているべきものであり、無意識でも行えるレベルまで修練が必要だということです。ミスをした直後にハッとした表情を見せる力士の姿からは、彼らが常に伝統と緊張感の中で戦っていることが伝わってきます。完璧ではない人間臭さもまた、相撲の魅力の一つなのかもしれません。
相撲観戦がもっと楽しくなる|手刀以外の注目すべき礼法
手刀以外にも、大相撲には独特の礼法や所作が数多く存在します。これらはすべて、相撲が神事であることに由来しており、一つ一つに深い意味が込められています。手刀の意味を理解したなら、ぜひ他の動作にも目を向けてみてください。これまで何気なく見ていたシーンが、意味のある儀式として鮮やかに浮かび上がってくるはずです。
ここでは、特に観戦中に目にする機会の多い「塵手水(ちりちょうず)」、力士の代名詞とも言える「四股(しこ)」、そして取組前の緊張感を高める「仕切り」について解説します。これらの知識を組み合わせることで、相撲という文化体系の全体像が見え、観戦の解像度が格段に上がることでしょう。
塵手水(ちりちょうず)の意味
土俵に上がった力士が、蹲踞の姿勢で両手を揉み合わせ、手のひらを返して広げる動作を「塵手水」と呼びます。これは「塵(ちり)を切る」とも言われ、武器を持っていないことを相手に示すと同時に、清らかな水がない場所でも、空気中の塵を用いて身を清めるという意味があります。つまり、互いに正々堂々と戦うことを誓い、身を清浄にする儀式なのです。
この動作は、相撲のクリーンさとフェアプレー精神を象徴するものであり、手刀と同様に非常に重要な礼儀です。両手をパンと叩く音は邪気を払い、広げた手のひらは隠し事がない心の純粋さを表しています。取組が始まる前のこの静かな誓いの儀式を見ることで、これから始まる激闘への期待感が高まります。
四股(しこ)踏みの本来の目的
力士が足を高く上げて強く地面を踏みしめる「四股」は、単なる準備運動ではありません。本来は「醜(しこ)」という字が当てられており、土の中に潜む邪気や悪霊を踏みつけて鎮め、大地の生命力を呼び覚ますという意味があります。四股を踏むことで土俵という空間が浄化され、神聖な戦いの場が出来上がると考えられているのです。
もちろん、股関節の柔軟性を高めたり、下半身の筋力を強化したりするというフィジカル面での効果も絶大です。しかし、美しい四股が観客から喝采を浴びるのは、そこに邪を払う神聖な力が感じられるからでしょう。力士ごとに足の上げ方やタイミングが異なるため、四股にもそれぞれの個性と魂が宿っています。
仕切り直しと時間制限のルール
相撲には「仕切り」と呼ばれる、立ち合いまでの準備動作が繰り返されます。制限時間いっぱいまで何度も塩を撒き、顔を合わせるこの時間は、互いの呼吸を合わせ、気力を極限まで高めるためのプロセスです。昔は時間制限がなく、双方が納得するまで延々と仕切りが続くこともありましたが、現在は放送時間の都合なども考慮して制限時間が設けられています。
制限時間が来ると、行司が軍配を正面に向けたり、「時間です」と声をかけたりします。この瞬間に力士たちのスイッチが入り、会場の空気が一変する様子は圧巻です。仕切り直しは単なる時間の引き伸ばしではなく、魂と魂がぶつかるための助走期間であり、この「間」を楽しむことこそが相撲観戦の醍醐味と言えるでしょう。
まとめ
相撲の懸賞金を受け取る際の手刀は、一般的に流布している「心」という字を書く動作ではなく、公式には「左・右・中」の順で切る「三神への感謝」を表す作法です。左は神産巣日神、右は高御産巣日神、中は天御中主神という造化三神を指し、五穀豊穣と万物の生成に対する祈りが込められています。
かつては双葉山のように「心」と書く力士もいましたが、昭和41年の規則化以降は統一され、現在の美しい様式美が確立されました。相撲観戦の際は、ぜひ力士の指先に注目し、その一瞬の動作に込められた歴史と感謝の心を感じ取ってみてください。正しい知識を持つことで、土俵上の景色はより一層輝いて見えるはずです。
| 要素 | 俗説・誤解 | 正しい意味・公式見解 |
|---|---|---|
| 手刀の意味 | 「心」という字を書いている | 「左・右・中」で三神に感謝 |
| 対象の神様 | 特になし(精神統一) | 造化三神(五穀の守り神) |
| 歴史的背景 | 双葉山の影響で広まった | 名寄岩が復活させ昭和41年に規則化 |
| 観戦のコツ | 文字の書き順を探す | リズムと所作の美しさを楽しむ |
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